怪談:とびら
扉を開くのは、始まりか終わりか。
扉のむこうとこちらは、
同じなようで異界なのかもしれない。
とある配達員がいたと思って欲しい。
郵便でもいいし、新聞でもいい。
ダイレクトメールでもかまわない。
話としては、些細なことだからだ。
とあるビルに配達員はやってきて、
めんどくさいことに、階段を上って、
各部屋の扉に、配達物を配って歩く。
大きなビルではない、古ぼけたビルだ。
配達物も多いわけでないし、
配達員は、仕事と割り切っていつも配達をする。
田舎ではないが都会でもない。
でも、大小さまざまの建築物が密集したそこで、
配達員は扉に配達物を配る。
配りながら妙な妄想をする。
配達物を入れる口が、
人間の口のようにあんぐり開けられて、
歯の並んだその口が、むしゃむしゃ配達物を食べる妄想。
配達員は苦笑い。
自分が何考えてるんだか知らないけど、
まぁ、なんだっていいさ。
配達物が捨てられるよりはいいさと。
配達物はいつも、次の日には扉からなくなっている。
ならば、誰かがちゃんと受け取っているとは思うのだ。
思うのだけど。
最近配達員は気がついてしまった。
このビル、どう考えても、
扉しかない。
この近くをうろうろして気がついてしまった。
どう考えてもこのビル、
部屋があるべきスペースが存在しない。
ある程度見当を付けてみたけれど、
隣の建物などとも考えてみたけれど、
部屋は存在しない。
ならば、扉は何のためで、
ならば、配達物はどこになくなっている。
普通のビルの壁にある、扉。
ただ、部屋が存在しないと思われる扉。
配達員は、気がついたけれど、
いつもどおりに配達しようとした。
そして、一番上の階の扉に、配達しようとして、
扉がうっすら開いているのを、配達員は見てしまった。
本当に部屋はないのか。
この向こうには何もないのか。
配達員は見たくなった。
扉の、向こうを。
そして、配達員は、扉を開いた。
扉は配達員を受け入れ、閉じて。
また、当たり前の顔をして静かにそこにある。
その後、その配達員を見たものは誰もいない。