階段:かけあがる
今日こそは。
今日こそはお師匠様に認めてもらうんだ。
そしたら、僕もヒーローの一員として戦えるんだ。
だって僕は練習と修行をしたんだもん。
きっとなれる。
ヒーローになれる。
僕は階段を駆け上がる。
みんな思い思いに、階段を下りたり上ったり。
立ち止まってる人もいるな。
あ、あの赤い髪のお兄さんは、
練習すれば、たいていのことは出来るよ、
って言ってくれた人だ。
ありがとうを言いたいけど、
僕はそれよりヒーローになりたくてうずうずしてるんだ。
ポップコーンみたいにポンと変身したいようなそんな気分。
階段で振り返っているスーツに水色のネクタイ姿の人は、
多分おじさんといったら怒られるんだと思う。
というか、だいぶ怖い顔をしている。
とっても悪い人なのかな。
でも、その目は鋭いけど穏やかだ。
上のほうで、
青いジャンパースカートの女の子がつまづいた。
持っていた銀色の空き缶が宙に舞う。
僕はとりあえず、
心の中でブーストをかけた気持ちになる。
みんな見てないよね。
ヒーローは認められるまでは、正体を明かしちゃいけないのだ。
僕は駆け上がるスピードをさらに加速して、
銀色の空き缶の上をとんとんと高速移動していく。
一個、変な踏み方をして、ポーンと大きく空を舞った空き缶があった。
誰にもぶつかってないといいなぁ。
僕は加速を維持したまま、
バランスを崩した女の子をそっと立ち直らせて、
そこで僕のブーストは切れる。
女の子は僕が立ち直らせたことに気がついてないから、
そのはずだから、僕はヒーローだと名乗っちゃいけない。
僕はここから黙って立ち去るのだ。
さぁ、お師匠様に認めてもらおう。
そうすれば僕もヒーローだ。
そういえば、栗色の髪のお師匠様の彼女は元気かな。
そのことも、今日きっと聞けるんだ。
うん、楽しみで心がはじけそうで。
こういうのを幸せって言うんだ。