夏から


そして私は列車に乗る。
あの夏に会いに出かけるために。

少しだけ空調が効いている列車と思って欲しい。
古い列車であるが、空調が扇風機までは古くないようだ。
夏の昼に列車になんか乗るのは、
盆でなければ暇をもてあました子供か、
そうでなければ老人か。
夏休みならば、どの年代もいる可能性がある。
私はそんな中に紛れ込む。
列車は淡々と走っていく。

がたこんがたこん。

窓の外は夏の日差し。
かんかん照り、真っ青な空。
鍋を空焚きしたような暑さ。
どんな天変地異があろうとも、
夏はやってくる。
あの夏、この夏、最後の夏。
みんなのもとに夏はやってくる。
少しだけ空調の効いた列車で夏の暑さから逃げて、
私は夏に思いをはせる。

水に浸かって使い物にならなくなったスニーカー。
蛍が虫だということを知った夜。
最後まではやらなかった宿題。
やけに鮮明なスイカと風鈴。
古い畳で大の字になって眠った記憶。
うちわ、花火、浴衣。
ひまわり、墓地、蝉と静けさ。
ホオズキ、ちょうちん、怪談。
断片的なのに、
ひとつひとつが夏の日差しのように、過剰にまぶしい記憶。

窓の外は夏。
いくつも繰り返してきた夏。
この列車は、あの夏まで行くだろうか。
あの夏は今もあそこにあるだろうか。
まだそこにいてくれるだろうか。
会えるだろうか。
あの夏に会えるだろうか。

「ねぇ」
私の隣で、子供の声がする。
「夏の話をしてよ」
子供はそんなことを言う。
「みんなゲームとかで夢中なんだ。ねぇ、夏の話をしてよ」
子供は少年。多少幼く、かなり日に焼けている。
夏を満喫したであろう子供。
そして、まだまだ夏が足りない子供。
夏の語り手に私を選んだのは、
子供の気まぐれかもしれない。

夏に会いにいく私は、
子供に夏を語るべく考える。
「語ることはあまりないけれど」
私は語る。
私の夏の物語を。

列車は走る。
がたこんがたこん。
夏の空の下、私は物語を始める。
あの夏の断片的な、過剰にまぶしい物語。


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