警報
ネネは線を辿って走る。
革靴が、スニーカーし以上にフィットしている気がして、
思った以上に走りやすい。
硬質な音を立ててネネは走る。
こっこっこっと。
何が続いているのか。
どこに続いているのか。
朝凪の町は、ぱっと見は浅海の町と変わらない。
高台に神社があり、
住宅街っぽいエリアがあり、
商業地域らしいエリアがある。
ネネは線を辿って走る。
線は道の上を走っているから、
ネネは空も飛ばず、道の上を走る。
渡り靴が硬い軽快な音を鳴らす。
いつも嫌いだった音楽というものに似ているかもしれない。
ポップもクラシックも嫌いだ。
演歌も嫌いだ。
でも、今刻んでいる音は好きだ。
何で近くにいて、こんな音楽を隠していたんだろう。
心が浮き立つような、何かが起こるような、
ネネを未知の気分にさせる。
ネネは空気の流れを感じる。
朝凪の町は心地いい気がする。
明けきらない町の空気。
目覚めない空気。
眠っているようで、そのくせ夢を見ている。
今ここにいることも、この町の夢かもしれない。
ネネはそんなことを思った。
ネネは高台から少し下った細い道に出る。
やや木々の多い道だ。下っていけば国道に出る。
アスファルトに覆われたその道を、
音を立てながら走る。
かんかんかん!
足音が、若干警報めいた音の気がする。
さっきと音が違うぞと思う。
ネネは立ち止まろうとして、つんのめって転んだ。
坂道でスピードを出しすぎて、止まれなかった。
坂道を転がっていくことはなかったが、
かなり派手にこけた。
「あいたた…」
ネネは身を起こす。
ドライブも落ちていて、目を回している。
「ドライブ?」
ネネはドライブを手に取る。
ネネの手の中でドライブは正気に戻る。
『びっくりしたのです』
「足音が変だったから、止まろうとして」
『警報に気がつきましたですか』
「あ、そうだったんだ」
ドライブはネネの手の中でこくりとうなずく。
『通り魔の気配なのでした』
「通り魔?」
『人の心を蝕むような気配です』
「もう大丈夫かな」
『ステップを踏めばわかりますです』
ネネはドライブを肩に乗せると、
起き上がってステップを踏んだ。
こっつこっつと音がする。
『通り魔は過ぎて行ったようです』
「ふぅん」
ネネは音を刻む。
軽快な音。
何かにおびえている気がしないわけでもない。
通り魔というものが、そうさせているのかもしれない。
「通り魔に逢うと、どうなる?」
『心が普通でなくなります。逢ってはいけないのです』
「こわいね」
『渡り靴が警報を出してくれますです』
「そうなんだ」
『なのです』
ネネはまた、道を見る。
線が見える。ずっと遠くまで続いている線。
こんこん。足を鳴らす。
「どこまで続いているのかな」
『どこまでもです』
「どこまで歩いていけるかな」
『どこまでもです』
ドライブは確信して告げる。
『どこまでもなのですよ』
ネネはうなずく。
「さぁ、また辿ろう」
『はいです』
ネネはまた走り出した。
細い道を硬質の音を立てて。
振りぬく足が心地よい。
ネネの足は風をともにして走る。
少し走ると、
道がえぐれている箇所があった。
鋭利な、それでも大きなもので、
えぐったような箇所。
道の傷跡。
木々と道をえぐったような場所。
ネネはそこに立ち止まる。
『通り魔がやったのです』
ネネはうなずきだけを返した。
転んでいなければ、えぐられていたのかもしれない。
こちらの世界の通り魔とは、もしかしたら現象に近いのかもしれない。
「行こうか、ドライブ」
ネネはまたステップを踏むと、線を辿って走り出した。
渡り靴がネネにフィットしている。
こっこっこっと硬い音を立てる。
きっとこの靴なら大丈夫。
ネネはそんなことを思った。