木々の声


ネネはレディの店の前で、行くべき線を見定める。
いつもの何色ともつかない線。
それでもはっきり見える。
「それじゃ、行ってみます」
ネネはレディに挨拶すると、歩き出した。
レディは笑顔で見送った。

ネネは町を歩く。
電線の他に通じている線が、上にも下にも続いている。
それは人を店をいろいろなものを、つないでいる線なのかもしれない。
ぱらぱらと人がいる。
さまざまの店のある通りをすべるように歩く。
こっつこっつと足音がする。
ネネはそれを心地いいと思った。

やがて商店がまばらになり、公園が現れる。
木々が生い茂っている様は、浅海の町よりものすごい。
ネネは目をぱちくりとした。
「浅海の町では、ここが公園なんだけど…」
『公園ですよ。でも、住み着いている人もいます』
「ホームレス?」
『この木が家です』
「家にもなりそうだね。縄文杉でもここまで行くかな」
『人がある限り線は引かれ、区切られたものが生まれるのです』
ドライブが言う。
ネネはなんとなくわかるような気がした。
『繋がれ区切られたものなのですよ。この木々は』
「そうなんだ」
ネネはぽつりと言った。

ネネは線を確認する。
公園を入っていった先まで続いているらしい。
「線は公園を突っ切ってるよ」
『回り道するですか?』
「いや、このすごい公園を見てみたい」
『そうですか』
ネネは公園に足を踏み入れた。
踏み入れた瞬間、周りが静かになった気がした。
朝凪の町はもともと音が少ないが、
木々の触れる音すら、無音になった気がした。
何にもない世界に、ものすごい木がある。
何にもない世界だと感じたのは、
多分、なんでもある世界から区切られているからだ。
ネネはそんな風に思った。

ぼんやりしていると、音がいつの間にか戻ってきていた。
さわさわと木々が鳴っている。
「不思議だね」
ネネはポツリとつぶやく。
「木がいいよと言ってくれた気がする」
『そう感じればそうなのです』
「ドライブ」
『なんです?』
「線を辿るのは、急ぎ?」
『そうでもないのです』
「少しこの公園を見たい」
『わかったのです』
ネネはドライブの返事を聞くと、ゆっくり歩き出した。

繋がれ区切られ、そうして出来た大樹。
ネネは大樹を見上げる。
桜色の朝焼けに、深い緑色が空に。
何かを守るように。
ネネはなんとなく、木が神様というのを思う。
ご神木とか言うこと。
生きているんだ。
この大樹もまた、生きているんだ。
しっかり根を張り、水を受け風を受け、
区切られ繋がれたこの公園で、
静かに生きているんだと感じた。

「かなわないよ」
ネネはつぶやいた。
「これは神様だよ」
『ただの大樹とは思わないのですか?』
「思えない。だって生きてるもの」
『生きてるんですよね』
「うん」
『ネネがそんな風に思うとは、思っていませんでした』
「よく説明できないんだけど、生きてるんだ」
『どんなに区切られ繋がれを繰り返しても…』
「うん」
『生きるものは生きているのです』
「わかる気がする」
ネネはうなずいた。

かさかさっと茂みの鳴る音がした。
ネネは振り返った。
気配がする。
何の気配なのかはわからない。
木に溶け込んだ気配の気がする。
「誰?」
ネネは問いかける。
答えはない。
「誰?」
再び問いかける。
「…器屋にいくのかい」
茂みがさわさわ鳴る音に混じるように、声がした。
「ええ、器屋に行く。それが?」
「…偽の線に気をつけろ」
茂みががさっとなったあと、気配も声も消えた。

「偽の線?」
『わかりませんけれど、気をつけましょう』
「うん」
ネネはうなずき、歩き出した。

ものすごい木々が、ネネを見送るようにさわさわと鳴った。


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