勇者であること
ネネと勇者で学校の階段を下りる。
ネネがとんとんと階段を下りる。
勇者も大きな鎧をまとったまま、ガチャガチャと下りる。
「勇者は」
ネネが勇者に話しかける。
「勇者は、まだ魔を屠ってたの?」
「はい」
勇者がいつものくぐもった声で答える。
「レッドラムの線は、魔をはらみやすいのです」
「その線が集中しているところだった?」
「はい、一時的ではありますけれど、集中していました」
「教主がいた?」
「いいえ」
勇者は否定する。
「教主の残骸の意識みたいなものでした」
ネネも壊れた教主の器を見ている。
ちかちか光る程度だったもの。
「教主は理の器を求めています」
「うん」
「その器の力で、未来すら変えようとしています」
「そうらしいね」
ネネはとんとんと階段を下りる。
勇者が後に続く。
「怖くありませんか?」
「想像つかないものを怖いとは思えない」
ネネはなんとなく、そんなことを言った。
「勇者はどうなの?」
ネネは同じ問いを勇者にしてみる。
勇者は立ち止まって考えた。
「朝凪の勇者に、怖れはないのです」
「じゃあ、勇者じゃなくなったら怖い?」
「多分、怖いという感情があるのなら」
はっきりしない答えが返ってくる。
ネネは怒鳴りつけようとして思い出す。
勇者には、勇者じゃないときの記憶がない。
そんなことを言っていた気がする。
ネネは思う。
勇者は勇者の意志でだけ動いている。
だから剣は透明なのだろうし、迷いなく魔を屠る。
勇者がこうあるべきというそれだけで動いている。
勇者が階段を下りてくる。
(ああ、こいつは)
ネネの心にさざなみが立つ。
(あたしが泣きたいほど願っていた、勇者なんだ)
ネネの心の中で、泣き声がする。
勇者になりたいと願っていた、小さなネネ。
でも、勇者はこんなにも独りぼっちじゃないか。
勇者としての意志以外に、何も記憶がないって、
それはとっても、うつろじゃないか。
「どうしましたか?」
くぐもった声がネネに問う。
勇者としての意志しかないはずなのに、
ネネにはその声がとても優しく響いた。
「勇者」
「はい」
「名前はない?」
「ありません」
「思い出したら言ってね」
「どうしてですか?」
「力いっぱい呼びたい」
ネネは鼻を鳴らす。ちょっと痛い感じがする。
「そしたら、勇者が勇者でないときの記憶も戻ってるだろうし」
「何をしているでしょうね」
勇者は他人事のように言う。
勇者でない勇者は、想像もつかないことなのかもしれない。
勇者は朝凪の町の魔を屠る。
朝凪の町の危機らしい今の状況は、
勇者が魔を屠ることを許す。
勇者は朝凪の町を守ることを考える。
誰に呼ばれたか、誰に選ばれたか、
勇者はそんなことを覚えてはいないだろう。
ただ、町のために魔を屠る。
その延長として、レッドラムの線を断ちに、教主をどうにかするために、
ネネと空を飛ぼうとしている。
「その鎧は脱げない?」
ネネは問う。
「脱げません。朝凪の町にいる間は」
「そうでないときは脱げているの?」
「覚えていません」
「そっか」
「そうなのです」
「手が荒れてることはない?」
「手が?」
「手が荒れてる人が、夢で導いてくれたりした」
「勇者は夢を見ません」
「そっか」
ネネは勇者から記憶を引き出そうとするが、
勇者は勇者である、それだけで固まっている。
しょうがないのかもしれない。
それが運命とか言うものに導かれた勇者なのかもしれない。
「勇者はなくしたものの記憶とかない?」
ネネは問う。勇者をもっと知りたくて。
「なくしたものをわかっていたら、勇者が出来なくなる気がするのです」
勇者は答える。
勇者らしからぬ答え。
でもそれは、勇者の本音なのかもしれない。
「勇者であることは、勇敢であること。なくすものは見えないというものです」
ネネはうなずいた。
勇者もうなずいた。
「勇敢であること、それだけです」
勇者はぽつりと言った。