駅の人ごみ


「ゆうしゃ」
ハヤトがつぶやく。
「そう、勇者」
ネネは重ねて言う。
「ハヤトは勇者を知っているの?」
ハヤトは椅子に座りなおし、頭を振る。
「何かが頭に走った気がする。なんなのかはわからない」
「そっか」
「勇者、勇者か…」
ハヤトはぼそぼそつぶやく。
「朝凪の町に勇者がいるんだ」
ネネは説明する。
「その勇者ってのが、頭を揺さぶる気がするんだ」
「ふぅむ」
ネネはうなる。
ハヤトはまた、頭を振った。
「俺は勇者を知っているのか?」
「どうなのかな」
「何か昔から、勇者ってことを知っているような気がする」
「思い出せる?」
ハヤトはうなる。
そして、
「だめだ、具体的なことが何も思い出せない」
「そっかぁ」
ネネはため息をついた。
「すまない」
ハヤトが謝る。
「いいんだよ。思い出せなくても、どうってことないし」
「でも」
「いいの。罪悪感も忘れちゃうといいよ」
「友井に申し訳ない」
「いいのいいの」
ネネは立ち上がる。
「じゃ、コーヒー代払っとくから」
「すまない」
ネネはレジで清算する。
ハヤトも後ろからついてくる。
「これからどうする?」
「どうするって?」
ネネは聞き返す。
「俺はちょっと駅の近くを回ってから帰る」
「駅の?」
「占い師がいるという噂を聞いた」
ネネもバスの中のことを思い出す。
駅のほうに占い師がどうこう。
「あたしも行ってみるかな」
「気になるか?」
「うん、なんだか気になるよ」
ネネはあの彼女を思い出す。
「佐川タミか」
「多分そうだと思う」
ネネは肯定する。
タミは新興宗教みたいなものを作ろうとしている気がする。
浅海の町で代価を食っているような気がする。
そして、朝凪の町の占い師とリンクしている気がする。
「行ってみようか」
ハヤトはうなずき、ネネと歩き出した。

駅には人だかりが出来ていた。
ネネは最初、何かの有名人がいるのかと思った。
芸能人とかそういうのが。
しかし、人だかりに近づくにつれ、そうでない声が聞こえた。
「まじやばいあたる」
「すごいよね」
「かみがかりだよね」
「みせてみせてー」
「一列に並んでください」
人ごみが好奇心で膨れ上がる。
「代価の準備をして並んでください」
拡声器での声が聞こえる。
「占いは皆様平等に行います。代価を持ってお待ちください」
「パンフレットのみ欲しい方は、右の列にお願いします」
もう、小さいながらも教団として動いている。
「佐川様はあなたに占いを授けてくださいます」
「気を安らかにして、お並びください」
拡声器からびりびりと声が響く。
人ごみは騒がしく、拡声器もうるさい。
そして、人ごみの中を無理して覗き込むと、
小さな机に小さなタミが一瞬だけ見えた。
人ごみと、教団の信者みたいなスタッフで、
すぐに見えなくなってしまった。
タミは笑っていた。
ネネにはそんな風に見えた。

「どうする」
ハヤトはぼそっと問いかける。
「一瞬だけ見えた。佐川さんだよ」
「とりあえず少し離れるか」
ハヤトが人ごみをぬって歩き出す。
ネネも後に続いた。
「教団だな」
「うん、かみがかりみたいなのになってきてる」
「佐川は何をしたいんだ?」
「お金を集めるのとは違うと思うんだよね」
「学校でもやってたな、代価は何でもいいと」
「家族でもいいと」
「金を集めるわけではない。人の鎧をまとって何がしたい?」
ハヤトはぼそっとつぶやく。
ネネも考える。
「可能性を食っている?」
ネネは思ったことを口に出してみた。
「未来はこうなると決め付けて、可能性を奪っているような」
「佐川にそれだけの力があるのか?」
「わからない。けど、佐川さんには何かの力がある」
人ごみは膨れ、拡声器はうるさい。
「何かを集めてるんだよ。思いのこもったものとか」
「金だけが力じゃないってことか」
「集めて何かの力にしているような気がする」
ネネはそんなことを思った。


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