神様


かつて世界には、
神がいるといわれていた。
神は世界を見守り、
奇跡というかたちをとって、その存在をあらわしていると。

神はいるのだろうかと少年は思う。
神様、いるのであればどうか、
奇跡を起こしてください。
少年は祈る。

「熱心ですね」
深みのある声がかけられる。
少年は祈りの姿勢のまま、
声のあるほうを向く。
聖職者の男が、
聖堂に出てきたところだ。
しわくちゃに年をとっていて、
やさしそうに微笑んでいる。

「まともな祈りのない時代において、あなたの祈りは貴重です」
聖職者は言う。
「でも…」
少年は言いよどむ。
奇跡を起こしてほしいと祈っているのは、
まともな祈りじゃないのではないか。
聖職者はにっこり笑う。
「神様はみんなわかっています」
「え…」
少年は立ち上がる。
神様には、聖職者には、すべてばれているのだろうか。
「神様は、あなたがどんなにパンダを愛しているか、わかっています」
少年は聖職者を、じっと見る。
聖職者は、ニコニコと笑っている。

「アンチパンダという気運が高まっていると聞きます」
「そうみたい、ですね」
少年は人事のように言う。
「パンダは保護しないといけません、やさしい、迷える弱い動物なのです」
少年はうなずく。
そう、パンダは弱い動物だ、守ってあげなくては。
ラブパンダの一員として、守らなくては。
だから必要なのだ、大きな奇跡が。
それをこの聖職者は、果たしてわかってくれるだろうか。

「ご家族は元気ですか?」
少年は首を横に振る。
「何かありましたか?」
「…なにも」
この聖職者には言っていけないことだ、少年の直感がそう告げている。
聖職者は残念そうな顔をした。
「さては、白黒の敵につきましたか」
少年は首を横に振る。
聖職者が怪訝な顔をする。
「では、どうしました?」
「野良三毛パンダが…」
言いかけて、少年は口をつぐむ。
「話してしまいなさい、神様はすべてわかっています」
聖職者に促され、少年は話し出す。
「野良三毛パンダに、家族は全員殺されました。僕はそれを見ていました」
「それは悲しいことです」
聖職者は十字を切る
少年は続ける。
「ラブパンダの一員として、パンダは殺せません、報復もできません」
聖職者はうなずく。

「ですから、ここにつれてきました」

瞬間、聖職者に激しい物理的な衝撃。
目の前が真っ暗になり、意識は幸福なことにそこで途切れた。

「ラブパンダとして、パンダに殺されることは誇りです。僕もそれを望んでいます」
少年は微笑む。
赤、白、黒の三毛パンダが、
ステンドグラスの明かりに映える。

奇跡よ起これ。
神はパンダ。


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