混血


廃棄された命だった。

パンダの破壊力と人間の頭脳。
野生と理性。
両方を兼ね備えた命を作り出そうとして、
その研究所は動いていた。

いくつもの実験的な命が作られ、
そして、処分されていった。
研究所の主義が、
ラブパンダのほうだったのか、
白黒の敵のほうだったのか、
あるいは中立だったのか。
今となってはわからない。

攻撃的スクリプトで、
研究所のデータは書き換えられた。
無になった。
研究所は、もう、動いていない。

こつ、こつ。
足音が響く。
もう、廃墟となったその研究所に。
足音の主以外、誰もいない。
電気もきていないようだ。

足音は。一つ一つ研究所の部屋を回る。
命を命とも思わなかった研究。
何のためにパンダと人間を融合させようと思ったのか。
もう、答えるものはいない。

思い出される記憶。
足音の主は、ここで生まれた。
そして、廃棄された。
どうして生きているんだろう。
復讐のために研究所を無にしたわけじゃない。
ただ、異形のものをこれ以上見たくなかった。
あれは、地獄だった。

幼い子どもが、いたなと思い出す。
何百年も前のクラシック歌謡曲を好んで歌っていた。
間違っていたけれど、その間違ったほうを覚えている。
その子どもも、パンダと融合実験をされ、
もがいた挙句に拒絶反応で死んだ。
その地獄を覚えている。
醜い人パンダに成り果てたのを覚えている。
目が、美しかったのを覚えている。

記憶の中で、
実験に使われた、
パンダと人が見つめている。
失っていい命なんてひとつもなかった。
パンダを滅ぼさないようにするというなら、
人を生かしたいと思うなら、
どうしてこんな実験をするんだと。
湧き上がる怒りよりも純粋なもの。

足音の主は、最後の部屋にやってくる。
そこでは、地獄の残骸が醜いむくろをさらしていた。
人の手を残しているものもいる。
パンダの毛を残しているものもいる。
それが中途半端に処分されていた。

沈黙。

そして、足音の主に通信が入る。
コードをつなぐ。
「どこにいるの?店長」
足音の主、パンダ頭の店長は、言葉を選ぶ。
「ちょっとね」
高いとも低いともつかない声、
人間の身体、黒いスーツ。
ポーカーフェイスのパンダ頭。
「用事済んだら帰ってきて」
「うん。すぐ済む」

店長は仕掛けの準備をする。
そして、研究所を後にする。

店長が研究所を出ると、
その後ろで大爆発。
赤い炎がすべてを飲み込む。
爆風にも店長は動じることもなく、
飄々と歩く。

「ぽにょぽにょぽにょ、さかなねこ。えりんぎまいたけぶなしめじ」
店長は歌う。
店長の記憶はいつだって間違えたままだ。


次へ

前へ

インデックスへ戻る