ギミックの調整係


タムは部屋に戻ってきた。
元気に扉をあけて、パタンと閉める。
「よしっ、勉強!」
タムは元気に椅子と机の出る、大きな歯車を回した。
ぎいこぎいこ。
壁側から、机と椅子が倒れてきて、
立てかけられていたそこには、書物。
タムが途中まで読んだ本も、しおりがちゃんと挟んである。
「しゅせいしゅせい…」
タムは本の背表紙を辿る。
『秘術酒精事典』という本を見つけた。
ぺらぺらとめくってみる。
様々の酒精の名前は並んでいるようだが、
ぺらぺらめくるだけではどうにもわからない。
『ナナメ読みじゃなくて、一から理解してみたら?』
シンゴが横から口を挟んだ。
タムはうなずき、難しい書物を一から読みにかかった。
「第一章、いのちのみず…」
と、目が追ったとき、
ノックの音。

こんこん

「はーい」
「アジアンタムさんの部屋はここですかいな?」
聞いたことのない、妙なしゃべり方をする。
「ギミックの調整係ですわ、ちょいといいですかいな」
タムは椅子と机をそのままに、ひょこりと下りると、ドアを開けた。
そこには、白い短髪に緑の野球帽みたいな帽子を逆にかぶって、
ニコニコ微笑む、白いつなぎの男がいた。
年齢は、大体20前後。
表側の世界の緑と同年代だろう。
「アジアンタムさんですかいな」
男はニコニコと話しかけてくる。
「タムとも登録されています。ええと、ギミック調整係さん?」
「フィカス・プミラいいます。プミラでええです。ほな、タムでもええですか?」
「はい」
タムはこっくりうなずいた。
「ほいじゃ、お邪魔します」
プミラはするりとタムの部屋に上がってきた。
不思議な色彩の工具箱を持っている。
プミラはタムの部屋を見回す。
歯車やギアやスイッチらしいものがあるところは特に入念に。
あちこち回って、たまには叩いてみたりする。
プミラは、出しっぱなしの机と椅子を見つけた。
「お勉強でしたかいな?」
「よくわかんないけどね」
プミラはニコニコ笑った。
「歯車重くありませんか?」
「んー、いつも使うのは重くはないけど」
「それから、天井のドアのギミック、重くないですかいな?」
「ネフロスがいじってたから、僕はよくわかんなかった」
「ネフロスが…おせっかい焼きは嫌いな男やと思ってたんですがな」
プミラはニコニコ笑った。
「あれも丸くなったんですかなぁ」
「でも、なんだかネフロスは怖い」
「ネフロスは、目つきの所為でよぅ誤解されます。いい兄ちゃん思ってればいいでしょ」
プミラはあちこちのギミックの総点検をした。
不思議な色合いの工具箱から、
きらきら光る鉱石ねじ回しのようなものを出して、
念入りに調整する。
癖なのか、時折帽子をいじる。
そしてまた、作業に没頭する。
ある種の職人的なものがあった。
タムは邪魔することなく、じっとプミラを見ていた。

「異常はないみたいですな」
「ありがとうございます」
タムはお辞儀した。
「エリクシルのメンバーとして、役割を全うしただけですわ」
「プミラさんもメンバー?」
てっきり外部業者だと、タムは思っていた。
プミラはそれを見抜いたらしい。
「そう、わてもエリクシルのメンバーで、このアジトの設計とかギミックの組み合わせを担当してますわ」
「その、不思議なしゃべり方も?」
「あー、これな、修行時代にあちこち行ったら、めちゃめちゃになってもうて…変やろか?」
ニコニコ笑顔のプミラが、シュンとなった。
「んーん、不思議だなぁと思って。通じればいいんじゃないかな?」
「おおきに」
プミラはぱっと笑った。
「その道具も不思議な色をしているね」
「ああ、これですか。これは水で磨いた専門道具ですわ。調整作業はこれがないといかんのですわ」
プミラは工具箱を持ち上げた。
「わてもこのあたりに部屋持ってます。何かご用件のときはよろしゅうに」
「はい」
「ほな、次があるので」
「どうも」
プミラはニコニコと礼をして、タムの部屋をあとにした。

タムは部屋を見渡した。
気分だけ、新品になった気がした。
「さて、勉強!」
タムはぽすんと椅子に座った。


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