残ったのは…


彼女はごちゃごちゃした街の、
奥まったところに住んでいた。
俗に言う、下町の路地に近い。

そこは学校の寮で、
彼女はそこの二階の端っこに住んでいた。

窓を見れば、
下の通りをにぎやかに人が行きかいしているのが見える。
そして彼女の部屋には、
にぎやかな寮の友人が集っていた。

にぎやかに過ぎる毎日。
学校までは歩いて数分。
退屈な講義。
なんだかんだでサボらない毎日。

彼女のごちゃごちゃした生活に、
一つだけ、はっきりしているものがあった。

彼…としておこう。

彼女は彼に好意を持っていた。
恋心にもならないものだった。
お菓子を半分にしたり、
なんとなく近くに座ったり、
その程度のものだった。

彼女と彼は、進路が違う。
だからきっと、いつか、離れてしまう。
彼女の友人の中で、
彼だけ、消防士を希望していることを、
彼女は覚えている。
他の友人は、やっぱり別々の道を行くのに、
彼だけ、消防士になる。それだけははっきりしていた。

ごちゃごちゃしている中で、
唯一はっきりしていたもの。

彼に何かを伝えようとしても、
うまく伝わらなかったのに、
ただ彼が消防士になることを覚えている。
言いたいことは山ほどあっただろうに、
伝えられなかったことだけを覚えている。

やがて彼は、いなくなった。

残ったのは、恋だったんだな、という自覚。
そして、多分、失恋だった。


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