王と看護婦


どこかの国のお話と思ってほしい。

それは王国で、王様が一番偉かった。
王様は、幼くして王様になった。
幼い王様は、なんでもし放題で、
大臣が国政を取っていた。
国自体は荒れることはなかったが、
王様はやりたい放題だった。

そんな王様も、
病気になった。
熱で朦朧とする、苦しいものだと思ってほしい。
王様は、朦朧としながら、日々を生きた。
国中の名医がやってきた。
様々の手段を施した。

王様は、いよいよ、だめだというところまでいった。
そんなときだった。

「王様」

優しい女性の声が、王様の耳に届いた。

「王様、これを飲んでください」

王様は、口をゆっくり開き、
何かと水を飲んだ。
水はのどから身体を少し潤し、
王様はほっとため息をついた。
王様は目を開く。
そこには、一人の看護婦がいた。

王様は看護婦の清楚な優しい微笑を認めると、
深い眠りに落ちた。

それから王様は回復した。
国中の医者が、奇跡と言った。

王様は、回復して、すぐさま看護婦のことを話した。
だれも、そんな看護婦は知らないといった。
王様は何度も看護婦のことを尋ねた。
だれも、知らないというばかりだった。

王様は、忘れないように、
看護婦のことを、王様だけは忘れないように、
王様の部屋の隠れた隅っこに、
幼い王様なりの精一杯の絵で、
看護婦と王様を描いた。
二人、手をつないで笑っている。
王様は、絵にタイルを重ねて、王様なりに封印した。

月日を重ね、
王様は国政をとれるほどの青年になった。
看護婦の思い出は今でもはっきりと残っている。
看護婦がいないのならば、
せめて看護婦に似たものを。
王様はそう思い、
国中の細工師に、女性の微笑を模した、ありとあらゆる細工を提出させた。
絵、焼き物、人形、
芸術とされるものから、
コインや紙幣にいたるまで。
ありとあらゆる、清楚な女性の微笑を使った。
どの微笑も、看護婦のものとは違っていた。
王様はそれが不満だったが、
国民の間では、清楚な微笑の女性は、人気があったという。

さらに月日をかさね。
王様は老人になった。
政略結婚をし、妻を娶り、
子どもは次の王となり、
王様は、暖かい部屋で、
のんびりと書物を読み解くことを生きがいとした。
優しい微笑の看護婦の思い出は、消えることがなく、
薄れることもなかった。

ある日。
王様を激しい発作が襲った。
誰かを呼ぼうと声を出そうとも、声が出ない。
誰も気がつかない。
王様は、もうだめかと思った。
生きるだけ生きた、しかし、せめて…

「王様」

女性の声が耳に届いた。

「王様」

王様は目を開けた。
そこには、あの日と変わらない、看護婦がいた。
清楚な優しい微笑みも、
身なりも髪も、瞳の色も、
すべてが王様の記憶そのままだった。

王様は、瞬間、
幼い王様に戻った。
「見せたい絵があるんだ、秘密の絵だよ」
幼い王様は、看護婦の手を引いて、王様の部屋の隅っこに導いた。
看護婦の手は、何よりも温かかった。
王様にとっては、それがすべてだった。

それ以来、王様の姿を見たものはいない。
それでも、王様の部屋の隅っこの落書きが、
今でも微笑んで、手をつないでいる、
それだけの話と思ってほしい。


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