植物でも機械でも


廃墟の中、男がいる。
そこは、廃工場。
さび付いた機械があちこちに転がっている。
あちこち雑草も生えている。
男は機械にもたれかかり、一服タバコを吸っていた。
黒の短い髪、黒の瞳、
デニムのジャケット、白いシャツ、ジーンズのパンツ、スニーカー。
いたって普通の男だ。
男はうまそうに煙草を吸い、
携帯灰皿に煙草を押し込んだ。

物音がして、男はため息をついた。
「いるんだろ、出てこいよ」
男は物音に向かって声をかける。
大きな機械の影から、少女がこっそり顔を出した。
「あの…」
少女が何か話そうとした途端、男はそれをさえぎった。
「いっぱい連れてきたじゃないか」
少女が振り向く。
そこには、多くの黒服の男が。
黒服の男が、一人、前に出る。
「お嬢様、御追跡ありがとうございました」
「ちが…わたしは…」
「あとは私たちにお任せして、お嬢様はお帰りください」
「わたしはこの人と…」
ジーンズの男は、一歩歩み寄った。
「あんたが俺の何を知っている」
黒服の男は、全員、銃を構えた。
狙いは、ジーンズの男に定まっている。
「始末しろ」
黒服のリーダーらしき男が、命令した。
少女は悲鳴を上げた。

無数の発砲音。
埃が舞い、景色がけぶる。
黒服に埃が舞い落ちる。
少女は目をそらして震えている。

「なぁ…」
ジーンズの男の声がする。
「あんたが俺の何を知ってるんだよ」

廃工場に風が吹いた。
埃が晴れ、さび色と緑色の景色が現れる。
廃工場の機械がゆっくり時を取り戻す。
機械が稼動し始める。
ごうんごうんと。
風に吹かれ、ジーンズの男の…
目の前に生じた緑の壁がゆれた。
緑の壁から、ぱらぱらと鉛の玉が落ちていった。

「何をしている!撃て!」
黒服の男たちが銃を…撃つ前に、緑の壁が動いた。

さわさわさわさわ

静かに、しかし俊敏に動くそれは、
近くに来てようやくわかった。
植物なのだと。
しかし、それでは遅かった。
黒服の男たちは自由を奪われた。

「糧になれ」

ごうんごうん
さわさわさわ

廃工場の機械と、植物が風に乗って奏でる音。
そして、男たちの悲鳴。

すべてが終わったとき、
廃工場は、また、雑草と動かない機械と、
ジーンズの男と、少女が残った。
少女はカタカタと震えている。

「あなたは…」
少女は、それだけ口にした。
「俺は植物、俺は機械…」
そして、ジーンズの男は空を見た。
廃工場の屋根が少しだけ抜けて、青空が見える。

「それでも、俺は人だ」

少女は、唐突にこの廃工場が恐ろしくなり、
男のほうを振り向かずに逃げていった。

男は目を閉じる。
気まぐれに少女のサボテンに花を咲かせたこと。
少女は外に出たがっていたこと。
すべて鮮明に思い出せる。
きっと少女にとっては、悪夢と記憶されるだろう。
それでも男は覚えていたかった。

すべては自分が人でいたいため。
すべては自分の意味を探すために。

風がさわさわと、廃工場を駆け抜けていった。


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