サムライ


町の中心から、蒸気が供給されている、
霞がかった蒸気都市がある。
町のあちこちに蒸気供給の管が延び、
霞がかった町を、さらに得体の知れない生き物のようにしている。

場末の酒場。
扉が開き、質素な身なりをした男が入ってくる。
元は美しい緑色だったのだろうが、
すすけたような緑に変わった、多分着流しというもの。
髪はぼさぼさで、腰には長い刀がぶら下がっている。
男はゆらゆらとカウンター席に着く。
「おにぎりをくれ」
男は開口一番、そう言った。
低いが、間の抜けた声だ。
酒場の男は笑った。
「おにぎりだとよ」
決して嘲笑しているわけでない、笑いが起きる。
「この町の住民は、みんな風をすすってるのさ」
「おにぎりなんて、いつぶりに聞いたかな」
「なんかなつかしいな、おにぎり」
「マスター!おれもおにぎりくれ!」
酒場がにぎわう。
マスターは笑いながら、蒸気釜を動かし始めた。
「いけない!米がないと!」
マスターがあわてると、酒場がどっと笑いに包まれる。
「ちょっと行ってくるよ。何人前必要だい?」
言いながらマスターは出入り口に向かい…人にぶつかった。
「おっと」
「…」
ぶつかった人は、マスターを払いのけた。
マスターはよろめき、しりもちをつく。
「邪魔なんだよ。愚図は死ぬか?ああ?」
ぶつかられたのは、チンピラ風の男。
チンピラは威嚇する。
酒場がしんと静まり返る。

カチャ

カウンター席に座っていた男が、席を降りた。
「拙者おにぎりを所望したゆえ、マスターは米を求めに行く次第」
「ぐだぐだしゃべるな。ああ?」
「ついては、そこをどいてもらいたい所存」
「ああ?」
チンピラは、銃を構えた。
「ああ?」
「なるほど、傷つけるでござるか。ならば」
チンピラが耳障りな言葉を発そうとしたそのとき。

チャキ

つばなりと同時に、チンピラの銃がスライドして壊れた。
「あ…ああ?」
「…次はその手が落ちるでござるか」
男は刀を構えている。
斬ったのだ。
この銃を、あの刀が。
「う…わぁぁぁ!」
チンピラは恐慌状態に陥ると、大声を出して走り去った。

男は刀を鞘に納めた。
ため息を一つつく。
そして、
「おにぎりをくれ」
間の抜けた台詞を、ぼんやりと発した。

酒場はまたにぎわう。
数刻もしないうちに、酒場でおにぎりが振舞われる。

男はおにぎりを一つ食べると、
「うまい」
と、言い残し、代金を置いて去っていった。

噂が伝わるのはそのあと。
蒸気都市に、前時代のサムライの生き残りがいるらしいと。
そのサムライは何よりも強く、
そして、おにぎりが好きだという。


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