あめあがり


「お客さん、この辺の人じゃないね」
店の主人は、女を見るとそう言った。
女はうなずいた。
「このあたりは、空気の底って言うんだ」
女は液体を飲んだ。
すがすがしい果実の味がする。
「外を見なよ」
女は窓から外を見る。

砂漠のような風景。
それでも、色とりどりの珊瑚が自己主張をしている。
岩がポツリポツリと砂漠に生えていて、
光をわずかに屈折させるらしいものが、
外をふよふよと浮いている。

「砂珊瑚と、色の無い魚が、空気の底に生きてるのさ」
店の主人が説明する。
「ちょっとゆがんで見えるだろ。あれが魚さ」
女はちょっと興味持ち、
窓のほうに行く。
空を大きく何かが飛んでいく。
光が屈折している。
「色の無い大王イカだな。たまに飛んでいくんだ」
ゆらゆらと色の無い大王イカが、
悠然と空を行く。
その空のずっと上、
きらきら光る宝石のようなもの。
それから、ぼんやりと輝く大きな光。
きらきら光る、流れのようなものが、
ずっと高く高くに。

店の主人も、女が見るものに気がついた。
「あれは、水だよ。それから、ぼやけた太陽だ」
女は多分、怪訝そうな顔をした。
「大昔にいろいろあったらしくてな、水はずっと上にあるんだ」
女は再び窓から上を見る。
空の上、水が輝いている。
「流れになっているのがあるだろう。あれが天の川さ」
女は液体をまた飲み、空を見上げる。
天の川が、遠く高くに輝いている。
「天の川がたまに、流れを空気の底に変える」
店の主人が天の川を指差す。
「そんなときは、窓もドアも閉めて、流れが収まるのを待つのさ」
女は想像する。
空気の底を流れる水の流れを。
「大きく流れが終わったら、空気の底から雨が上がるのさ」
光の屈折が、色のない魚を示している。
女はぼんやりと窓の外を見ている。
「空気の底から、雨が上がっていく。そしてまた、水は空に戻るのさ」

ぼやけた太陽。
遠くの水。
ここは空気の底。

「雨上がりの頃にまたおいでよ。それはそれは壮観さ」
店の主人が笑った。
女も、微笑み返した。

宝石のような水の、いくつもあがる光景。
それは雨上がり。
空に水の帰る風景。

大王イカが空を行く。
空気の底の、のどかな昼下がりである。


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