箱庭
あたしは小さな箱庭で生きている。
出られない、箱庭。
ここは魔法を学ぶための塾。
魔法ってわかんない人のためにいうとね、
自然の流れを理解して、
流れを手元に引き寄せるようなことといえばいいかな。
それが魔法。
あたしはそれを学ぶために、
この魔法塾に入った。
魔法塾は、師匠がいて、先輩がいて、
みんながみんな…なんというか、蹴落としあい。
やだなーって思うけど、
あたしは出られない。
魔法塾に入るときに、
家とは決別したから。
だってそうでしょ?
秘術とかいわれるすごいものとかが、
外に出たら大変だもの。
だから、あたしはいやだなーと思うここから、
なんとなく出られないでいた。
師匠や何人もの先輩は、
あたしに何を教えてくれるわけでもない。
植物の世話を任されたけど、
何の植物かはわかんない。
水をあげて、お日様浴びさせて。
なんか、これが金づるになるんだって。
なんだかよくわかんないけど、餌とかになるのかな。
「天開寺」
てんげいじ、あたしの苗字。
ぼんやりした声で呼ばれる。
あたしがここを無理やりにでも出て行かない理由。
このぼんやりとピントのずれた、頼りない先輩。
中肉中背、普通の顔。なんというか、個性のない先輩。
蹴落としあいからずれたところにいる、先輩。
「なんです?風間先輩」
一応敬語。先輩だし。
「いや、なんでもない」
「声かけといて何でもないはないでしょ!大体先輩は…」
「いや、すべてのことに意味があるわけじゃないんだよ」
「なんですそれ」
「今俺が考えた」
あたしはため息。
この先輩といると調子が狂う。
「またこれの世話か」
「それ以外は、なーんにも」
あたしは、やけになって植物に水をやる。
「外の世界には、もっといい植物があるんだがな」
先輩はつぶやく。
ぼんやりとピントの合わない、いつもの声なのに。
「いつか天開寺も、外を見ることがあるさ」
「なにそれ」
「ここは箱庭だ。あんまり質は良くないけどな」
「箱庭?」
「そのうち出て行くこともあるさ」
「でも」
先輩は笑った。
「小さな箱庭なんて、いつかなくなる。この植物もな」
あたしは黙った。
先輩はぼんやりと続ける。
「天開寺には広い世界が似合う」
「ひろい、せかい?」
「いっそ仲間を見つけて旅に出るとかな」
仲間。
まだ知らないもの。
一瞬、箱庭にさぁと風が吹いた。
あたしはイメージする。
まだ見ぬ仲間というもの。
そこに届きたいのに、
植物が足に絡まって届かない感じ。
いやな植物。本当に!
あたしは炎を思い描く。
イメージの箱庭も、邪魔な植物も、
全部全部焼き尽くせるような。
でも、風間先輩だけは焼かない。
先輩は頼りないから。
あたしがいないとピントがずれたままだから。
それなのに。
風間先輩は魔法塾を出て行った。
噂では、冒険者の女性のパートナーを見つけたらしい。
先輩は外に出て行った。
あたしも箱庭から外に出ることがあるんだろうか。
「すべてのことに意味があるわけじゃない」
「天開寺には広い世界が似合う」
思い出すのは風間先輩のことばかり。
ピンボケのくせに、頼りないくせに!
あたしがいなくちゃ…いなくてもぜんぜん大丈夫なのが、
無性に腹が立つ!なんで!
むしゃくしゃして植物にめちゃめちゃ水をやる。
その植物が悪魔の草で、
それが元で、この箱庭が解体されてしまうのは、
もうちょっと後の話。