おくりもの


北の戦乱から、
南の城下町まで帰ってきて、
張り詰めていた緊張が、どうにか解けた頃のお話。

カズマは中庭で修練。
アヤとアイは、何かたわいもないおしゃべりをしている。
ミツキはあくびをひとつして、うたたねを決め込もうとしていた。
ここは、まだ、平和だと、
おもいおもいに感じている。

「ただいまっす」
出かけていたハヤトが帰ってきたらしい。
ハヤトは、朝帰り単独行動も珍しくない。
昼近くまでどこかにいっていても、
なんら珍しいことはない。
「おかえりー」
アヤがハヤトを廊下まで出迎える。
いつものように。
そして、荷物をいくつか抱えたハヤトを見て、
「ハヤト君、それ、何?」
至極もっともなことを、たずねる。
「さてなんでしょう?」
ハヤトはもったいぶる。
心なしか愉快そうに見えなくもない。
「うーん、なんだろう」
アヤは小首をかしげる。
そこに、
「アヤさんには、これ」
「え?」
ハヤトは小さな包みを渡す。
「えっと、その」
アヤはちょっと思考が停止する。
何を聞いていいやらわからない。
ハヤトはすたすたと下宿している部屋に入っていく。
アヤは後を追った。

「で、アイさんにはこれと、ミツキさんにこれと、カズマさんに、これ」
ハヤトは次々なにやら包みを渡していく。
「…何のまねだ、久我」
心底変なものを見るような顔をして、
ミツキは言う。
「カズマさんとミツキさんのは、ついでっすよ」
「ついでにしても、まず説明しろ。気持ち悪い」
「ええとですね…」
ハヤトは言葉を探す。
「アサリの村から鯖山に帰るときに、思ったんです」
「何かあったか?」
「うーん、戦力とはいえ、年頃の女の子を戦わせたなと」
「アヤと天開寺のことか?」
「そうっす。化粧のけの字もないところに、つれてきちゃいけなかったなと」
ハヤトはいったん言葉を区切り、
「そんなわけで買ってきたんすよ、それ」
「あけていい?」
アイがたずね、すぐさま包みをほどく。
アヤも隣で包みをほどく。
出てきたのは、
アイには口紅が、アヤには飾り櫛が。
「これ…」
何といっていいかわからない二人に、
ハヤトは満足そうにうなずく。
「元がいいからきっと映えますよ」
ハヤトは確信を持って、そんなことをいう。

「で、こっちはついでだったな」
「ええ、ついでっす。ミツキさんにお酒と、カズマさんに作務衣っす」
ミツキは眉間にしわを寄せる。
ハヤトの好みの酒は、ものすごく甘いものではなかったか。
「ついでっすから」
ハヤトは重ねていう。
言い訳がましく聞こえないでもない。
「ついでだかなんだか知らないが、ものすごく気色悪いぞ」
「そうっすか?」
「大体、何のつもりだ」
「うーん」
ハヤトは考えるそぶりをする。
そして、

「村からの感謝の品とでも思ってください」

一言言うと、ハヤトはすっと部屋を出ていこうとする。
「どこ行く気だ」
「聞くのは野暮ってものですよ」
ミツキはあきれる。
こいつは、いつものように歓楽街に行って朝帰りを決め込むつもりなのだろう。
「それじゃ」
ハヤトは言い残して、いってしまった。
それ以上言うことがないかのように。

「ったくなんのつもりだか」
ミツキはようやく包みを解く。
辛口で有名な酒が、あらわれる。
「…バカか、あいつは」

歓楽街へと続く道、
ハヤトはとりとめもないことを考える。
人目も気にせずに、とにかく化粧品屋で悩んだこととか、
動き回ってもずれないであろう飾り櫛を選ぶのに手間取ったとか、
大きなサイズの作務衣を選ぶのに困ったとか、
慣れない辛口の酒を試飲して、ひどい目にあったとか、
そして、結局いえずじまいの言葉。
(「ありがとう」って、難しいっすね)
ともに戦ってくれてありがとう。
そういうつもりだったのに、
結局何もいえなかった。

仲間だから、仲間だからこそ。
故郷でともに戦ってくれるものがいて、
本当に心強かったのを思い出す。
だからいいたかった。
ありがとうと。
いまさらでもいい。
その言葉だけ、いいたかった。

難しいなと、ハヤトはため息をつく。
気持ちを伝えるのって難しい。
こういうときだけでも、少し、素直になりたい。
ハヤトはそんなことを思った。

ここはまだ少し平和。
押し付けのおくりものと、
まだいえない、言葉。


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