ぬるい日常


チャイムが鳴る。
のんきに鳴る。

ここは私立鯖山高校。
校風は自由で、若者が青春を謳歌している。
理事長は腹黒いと評判だが、
(年齢詐称の疑惑もあるという)
基本学園内は平和で、
いたって普通の高校だ。

「くぉら神室!」
呼ばれた生徒にチョークが飛ぶ。
「俺の授業で寝ようとはどういうつもりだ!」
神室ミツキは、あくびをひとつ。
答える気はさらさらないらしい。
「神室!」
「聞こえてます、うっさい」
「にゃにを…」
「篠原先生、そんなことだから奥さんに逃げられるんですよ」
慇懃無礼。
口調だけは丁寧にしてあるつもりらしいが、
果てしなく礼節がない。
「それとこれとは…」
怒りの持って行き場のない篠原教師。
授業は再開され、
ミツキはあくびをまたひとつ。

昼休み。
弁当を売っている一角は、
昼休みはちょっとした戦場になる。
その中を強行突破して、
橘カズマは、弁当をいくつか戦利品としてゲットした。
教室にいる連中に頼まれた分は、これで全部だろうか。
なんだか、これはパシリというやつだろうか。
カズマは考えないことにした。
人のためになるならそれでもいいと。

御堂アヤは、教室でお弁当をいただく。
ハマグリのご飯が入っている、ちょっと大きめのお弁当。
お弁当の中身は、幼馴染のお兄ちゃんの、
気遣い上手なほうが作ってくれた。
「アヤ!」
教室のドアががらがらっと開かれ、
そこには知り合いの元気印の先輩。
「天開寺先輩」
「聞いたわよ、アヤ」
「え?」
「三年の神室弟と付き合ってるんだって?」
「神室弟…カヅキ兄ちゃん、かな?」
「うわー、もう名前で呼んでるんだ」
「あの、その、幼馴染だから」
「神室弟って言えば、生徒会の副会長で頭もいいし」
「うん、でも、ミツキ兄ちゃんも頭いいよ」
「え、神室兄とも付き合ってるの?」
「つきあってないってばー」
天開寺先輩は、うんうんと一人でうなずく。
「恋はどこから降ってくるかわからないわね」
「恋じゃないのにー」
天開寺アイは、
はたと立ち止まる。
「あれ、それじゃ噂になっていた、一年の男の子は?夜叉丸君って」
「あれは問題外」
「うわ、結構男泣かせなんだ、アヤ」
「そんなことないのにー」
女子は恋話に花が咲く。

放課後。
久我ハヤトは、美術室で絵をかいている。
モデルはセクシーな保険医の、通称ユミエさん。
「保健室のほうがよかったっすかね」
「ベッドがあるから?」
「さぁ、どうでしょう?」
「かわいくない子」
ユミエさんは微笑む。
「何人も経験しているって本当なのかしら?」
「俺はピュアな高校生っすよ」
「うそつき」
「うそじゃないっすよ」
ハヤトは苦笑いする。
「絵なんか描いてないで、もうちょっと楽しいことしない?」
「…そうっすね、邪魔が入らなければ」
ハヤトは書きかけのスケッチブックを閉じて、
ユミエさんに歩み寄る。
危険なその瞬間、
がらがらっとドアが開く。
「保険委員の神室ですけど、こっちにいると聞いて…」
言いかけて、沈黙。
がらがらぴしゃ!
ドアは再び閉じられる。
また噂が広がるかなと、
ぼんやり思うハヤトである。

そんな、ぬるいぬるい日常。


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