とある美女
鯖山ののどかな昼下がり。
橘カズマは剣の修練を中断し、昼休みをしていた。
気候は穏やかで、春が近いと感じさせる。
ほかの連中は、今いないようだ。
どこかに出かけているのだろうか。
カズマは聞いていないし、
あまり興味もない。
ただ、帰ってくればそれでいいと思っていた。
笑い声が聞こえる。
帰ってきたのだろうか。
部屋に入ってくる、アヤとアイ、そして、ミツキ。
こらえるように笑っている。
「何かあったのか?」
カズマはバカ正直に尋ねる。
「いや、橘に会いたいって人がいるから、なぁ?」
「俺に?」
「そう、橘に。おい、入っていいぞ」
ためらうように中に入ってきたのは、
カズマの語彙で語るなら、とびきりの美女だ。
細い身体、触れたら壊れそうだとすら思う。
困ったような顔をした、細面の顔。
あまり高価ではないのだろうが、
きれいな着物をよくきこなしている。
もっと着飾れば、もっときれいになるに違いないと、
カズマは根拠なく思う。
「…はじめまして」
美女の声は消え入るようだ。
「あ、ああ」
カズマは美女を前にして、
気の利いた言葉が出てこない。
「友井ネネといいます。ネネと呼んでください」
「ネネ…さん」
「なんでしょう?」
カズマはやっぱり言葉が出てこない。
ネネも困ったような顔をしている。
ハヤトならこんなときにどうするのだろうか。
カズマは考えたが、
肝心のハヤトはどこかにいってしまっているようだ。
困ったと、カズマは思う。
カズマはネネを見つめる。
ネネは恥ずかしそうに視線をそらしてしまう。
じろじろ見ては失礼だろうかと思ったが、
清純そうな顔に、何かしらの色っぽさが宿っているようで、
カズマは目を離せない。
「なにか、おかしい、ですか?」
ネネは恥らっているようだ。
「いや、きれいだと…思って」
カズマが言ったとたん、
周りの連中が大爆笑した。
ネネは泣き出しそうな顔をした。
「何で笑うんだ!きれいなものをきれいといって何が悪い!」
カズマは一喝、
そして、ネネの手をとって、
「外に行こう。こいつらはなんか変だ」
半ば強引に、ネネを連れ出す。
「え、ちょっと、あの」
ネネは抗議しようとするが、
カズマは聞かない。
ネネの細い手をとり、
カズマは生まれてはじめてデートというものをすることになる。
なるのだが…
カズマとネネがいなくなった部屋で、
「本当に気がつかないとはなぁ…」
ミツキがぼやく。
「ネネって、女装したハヤトなんだけど」
後日、ハヤトにトラウマが増えたという、そういうお話。