痛みの人
また、この町のことを、聞くとは思っていなかった。
オトギは、まず、そう思った。
サカナと呼ばれた上官は、にやにやと微笑んでいる。
彼の地位は大佐だという。
オトギはサカナ大佐の下で働いている。
サカナはどうにも読めない目をしていると、
オトギはそう思う。
天狼星の町を出てから年月が過ぎても、
オトギは相変わらず小器用になれなくて、
痛みをよく抱えて苦しがる。
サカナはそんなオトギをにやにや笑いながら見ている。
たまには手を差し伸べるし、
たまには気がつかない振りをする。
サカナの感情が、オトギには理解できない。
一体何を考えているのだろう。
「感慨というものはあるのか?」
サカナが問う。
「ぜんぜん」
オトギは事務的に答える。
一応サカナは上官だ。
オトギはその部下で、それ以上でもない。
「そうか…そういうものなのか」
サカナは真ん丸の目を、色つき眼鏡で隠す。
隠すと悪人に見えるのを、サカナは狙ってやっているのか。
「国の決定は、オトギ、お前が伝えにいけ」
「わたしが、ですか」
「他にオトギは知らん」
「なぜ?」
「あの町のことをよく知っているだろう」
オトギは黙ってしまう。
とても、知っている。
だから、痛む。
内側がずくずくと傷むような感じ。
「また、痛むのか?」
オトギが黙ると、サカナは眼鏡をかけたままたずねる。
色つき眼鏡は、サカナの目を見せない。
「よくあることです。痛みもそれ以外も」
「そう、なのか」
「よくあることです」
オトギは自分に言い聞かせる。
よくあること。
邪魔になったら消されることも、よくあること。
「有能な部下が、痛むのはよくない」
サカナは手を差し伸べる。
オトギはその手をとろうとして、ためらう。
この手は…兵器というものを使ってきた手だ。
壊してきた手だ。
オトギのためらいを、サカナは察したらしい。
「少し休め」
と、それだけいって、自室に引きこもった。
痛みは、オトギだけのもの。
この苦しみを誰にも渡さない。
オトギは泣きそうな気分になった。
ここは、声にならない、水の底のようなところだと、オトギは感じた。