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何時
いつもの斜陽街一番街の、
いつものバー、いつものボックス席。
バーの中では奥のほうにあるその席に、
妄想屋の夜羽はいる。
藤色のコート、同じ色の帽子を目深にかぶっていて、
表情はわからない。
妄想を録音したカセットテープを取り出す、
その指は白い。
老いているのか若いのかわからない。
男か女かもわからない。
素性も何もあったものではない。
帽子のふちから覗く、
口からつむぎだされる言葉も、
素性を探る手がかりになってくれない。
いつものようにバーのマスターが、
グラスなどを拭いている。
有線放送が静かにかかっている。
ジャズかもしれない。
今はお客はいない。
そういう時間帯なのだろうか。
夜羽は何かを見るしぐさをした。
帽子で、どんな目をしているのかわからないが、
多分視線の先には時計がある。
古びた時計で、
振り子がゆらゆらとゆれている。
静かに、とても静かに、
時計は時を刻んでいる。
ジャズと時計の音が、きれいにかみ合っている。
夜羽は口元に微笑を浮かべた。
片手で頬杖をつき、
もう片手の指でリズムを取る。
ベースの音にあわせ、ととんととんと指がなる。
今は一体何時なんだろうか。
時計はある、でも、それは時を刻む時計でないかもしれない。
ゆらゆらと振り子が揺れている時計は、
時を知らせるものでなく、
時を楽しむために揺らいでいるように感じた。
斜陽街の時間なんてそんなもの。
何かのそこのように揺らいでいて、
朝も夜も関係なく、
どんな時間帯にも存在して、
どんなところにも存在する。
何時でもない。
ただ、ゆらゆらと存在するだけ。
そして何より、楽しんでいるだけ。
古びた時計は一応の時間を示している。
でも、その時間が何をするべき時間なのか、
斜陽街では意味を持たないのかもしれない。
少しだけ、斜陽街の感覚がずれているのかもしれない。
混沌と秩序の入り混じった、
奇妙な町、斜陽街。
時のないこの町に、時計は別の意味を持っている。
いまはなんじ?