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剣術
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
風が、どうと吹く。
桜は狂ったように咲き、
死のにおいのする山の中。
アキは踏み込み、
一撃を放つ。
アキの大剣から、渾身の一撃。
それで狩れなければ、
みんなのように赤くなる。
血にまみれて死ぬ。
思いのたけ、すべてをこめて。
その首をはねたいと。
ずっと思っていたと。
鬼は微笑み、
剣を持つ片手で、アキの一撃を軽くいなした。
大剣が、折れる。
鬼の、片手剣のそれだけで。
風が再び、どうと吹く。
アキは、内側が空っぽになったような気がした。
空っぽの中に桜がくらくら咲いている。
思いを解き放ったら、
こんなにも、空っぽになるなんて。
それこそ夢のようだと思った。
アキは、構えを解けない。
もう、かなわないことは、わかっている。
死ぬんだ、と。
鬼がそっと距離をつめた。
アキは、間近に鬼を見た。
異形のはずのその目を、
アキははじめて美しいと思った。
そうか、みんなが美しいというものは、これなのかと。
鬼は、そっとアキに触れ、構えを解かせた。
触れただけ、そこから熱い。
それなのに力が抜けていく。
折れた大剣が落ちる。
力の抜けたアキを、
鬼はやはりそっと支えた。
この手が、みんなの命を奪ったと信じられないほど、
それはやさしいというものによく似ていた。
鬼はささやく。
「剣術を教えてやるよ」
アキは夢見心地でそれを聞く。
「いつでも俺の首を狩りにこい。強くなれ」
桜くらくら。
鬼の腕は温かく、
触れたところからアキは狂っていくような気がした。
心が熱い。
この心をアキは何というのかわからない。
鬼が強くなれというのなら、
その首を狩れというのなら、
アキは強くなろうと決めた。
この首は私だけのものと。
鬼はアキの耳を軽くかんだ。
「強くなれ」
ささやきは、睦言のように。
屍のにおいのする中、
アキは、心がおかしくなっていくのを止められないでいた。