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汝
斜陽街一番街、バー。
いつものように時は流れ、
いつものように夜羽がいる。
夢のように、現実のように。
有線らしいジャズが流れ、
お客はいつものように少ない。
落ち着いたバーはそれでも営業している。
自分とは何なのだろう。
そんな妄想を先ほど録音した。
汝は夢の住人なりや?
問われたそれに、答えることができなかったという。
夢に帰るべきなのかもしれない。
夢に帰って忘れるべきなのかもしれない。
妄想を語ったお客はそんなことを言っていた。
(汝は何者?)
夜羽の脳裏で、何かが語りかけるような感覚。
夜羽の見える口元が微笑みになった。
「斜陽街の妄想屋ですよ」
夜羽にとってそれ以上の意味はないし、
また、ここからよそに帰ることもない。
この街の住人だ。
この街のルールで、
この街のやり方で、
ゆっくりいろいろ変わっていったり、
あるいは変わらなかったり。
いつまでもどこまでも。
この街は夢のようにあり続けるし、
また、夢のように消えてしまうかもしれない。
ただ、この街を裁くことはできない。
よそから何か、鬼のようなものがやってきて、
ルールを押し付けることはできない。
斜陽街を裁くことは、誰にもできない。
汝は夢の住人なりや?
何かが語りかけるような感覚。
夢と現の狭間で漂っているような斜陽街。
ここに夢を見に来たものもいるかもしれない。
でも、ここは、ある。
ただの夢という存在じゃなくて、
斜陽街は、ある。
誰かにとっては夢かもしれない。
でも、誰かにとっては現実かもしれないし、
誰かにとっては故郷かもしれない。
時計が時を刻んでいる。
時の流れすらおかしくなるこの街。
時の流れが遊んでいる街。
そのうち汝と呼ばれたものも、
また別のものになってしまうかもしれない。
それほど、ここは曖昧な場所であり、
また、魅力的な場所だ。
機会があったら、
また、斜陽街を訪れてみてもいいかもしれない。
いまは、なんじ?
いまは、なんじ。
ではまた。斜陽街で逢いましょう。