68
欠落


少年は、目覚めた。
カヨは、目覚めた。

ここから早く帰らなくちゃと、カヨは思う。
「帰るとこまで、案内するかい?」
男がそう申し出てくれたが、
カヨは首を横に振った。
もう、彼の仕事は終わったのだし、
カヨは一人でこの夢から覚めないといけない。
斜陽街という、多分、夢。
斜陽街。
誰かが命をかけてつれてきてくれたところ。
誰だっただろう。
夢のまた夢なんだろうか。

「帰ります」
カヨは、そう言う。
「気をつけてな」
「はい」
カヨは短く答える。
そして、街に出た。

風が吹くのを感じた。
見たことも聞いたこともない街。
ここから早く目覚めなくちゃ。
ここはまだ夢。
ぼんやりとした影のような街。
ここは現実じゃないと、カヨは、思う。

ただの帰り道なのに、
ぽろぽろと何かが欠落していくのを感じる。
カヨの中で、何かを落としていくのを感じる。
そしてそれはもう、拾えないものだと、
落ちていって忘れてしまうものだと、
心がとても痛むものだと、
カヨは涙を流しながら思う。
痛い。胸が、痛い。
夢を手に入れたのに、
きっと、夢があるという事実だけ残して、
忘れてしまうんだ。
大きな欠落ができてしまうんだ。

カヨはその事実を、
しゃくりあげながら受け止めざるを得なかった。
それが、きっと、大人になるということ。
カヨの現実に帰るために必要なこと。
空を飛ぶ少女も、
世界一の探偵も、
カヨの中からぽろぽろ落ちていく。

カヨは、迷うことなく、
扉のたくさんある店にやってくる。
そして、一枚の扉を見つける。
ぼろぼろの涙をぬぐって、
扉に手をかける。

この欠落を埋めるのが大人になるということなら、
大人になりたくないとすら思うのに。
それでも、これはしなければいけないことだった。
こぼれおちたカヨのかけらが、
誰かの心を埋めてくれますように。

カヨは、扉を開いた。

甘い忘れ物を抱えて、
少年は目覚めた。


続き

前へ


戻る