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夫婦
斜陽街三番街。ガラクタ横丁の近く。
まんぷく食堂は今日も営業している。
おじいさんが料理を作る。
おばあさんが注文をとったり、料理を運んだりする。
まんぷく食堂のいつものありかただ。
年を感じさせるほど手馴れており、
年を感じさせないほど、しゃきしゃきと動く。
働くということ、
みんながまんぷくになってくれることに、
とても喜びを感じている。
そうしたことが、うれしくなるくらい伝わってくる食堂だ。
おじいさんはいつも難しい顔をしていて、
おばあさんはいつもニコニコしている。
二人が斜陽街に来る前のことはわからないが、
ずっとこんな風に夫婦をやってきたのかもしれないし、
たまには、けんかもあったのかもしれないし、
きっと若い頃もあったのだろう。
おばあさんがにっこり笑う。
おじいさんはちらりと見て、いつものように料理を作る。
ずっと昔からこんな呼吸だったと思わせる。
お客がある程度引いて、
おばあさんはお茶をいれた。
小さな湯飲みに、誰かが持ってきてくれたお茶。
「ウサギさんなんですって」
おばあさんはそう言う。
おじいさんは相変わらず難しい顔をして、
お茶をすする。
「ウサギさんがお茶を売ってるんですって」
「…そうか」
おばあさんもお茶をいただく。
喉に広がる感覚。
喉から呼吸から、頭の芯から、
なんだか夢を見たような感覚に陥る。
桜の頃。
若い男の人を見た気がした。
見習い料理人の…
おばあさんはそこまで見て、
ぱちぱち瞬きをする。
あれは、このおじいさんだ。
おばあさんは、ふふっと笑う。
人生何十年、
夢みたいなものかもしれないけれど、
何年経っても、結局はこの人が夫なのだと。
「…難しいことはよくわからないけどな」
おじいさんが、ぼそっとつぶやく。
「なんでしょう?」
「…お前は、変わらないな」
おばあさんは、うれしくなった。
「あなたも変わりませんね」
おじいさんはそっぽを向いて、
おばあさんはニコニコして、
二人はお茶をすすった。