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決着


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

アキは山にやってきた。
鬼と過ごした山。
生きているのか死んでいるのかわからない、
鬼を探しにやってきた。

あのとき。この山で季節はめぐって、
どの季節にも鬼の思い出がある。
忘れられない、傷跡のような思い出。
その傷跡は痛くない。
でも、目頭が少しだけ、熱くなる。

大剣を背負ってアキは山を歩く。
アキの思い出が、ともに歩いていくのがわかる。
鬼が教えてくれたのは、剣だけでなかったと、
いまさら思い出をたどり返し、思う。
いつ命をとられるかわからない、
そのぎりぎりのところで、鬼は、
アキにいろいろなことを教えてくれた。
形のない、いろいろなこと。
思い出の中で鬼は笑っている。

その、笑顔をもう一度見たい。

山の奥深くまでアキはやってきた。
鬼と過ごした場所に、アキはたどり着く。
木々が茂り、木漏れ日が落ちて、
その間から、

鬼が、微笑んでいる。

アキの思い出と、鬼が重なる。
夢でもいい。
生きていた。
また会えた。

傷だらけの鬼は、何も言わない。
アキが斬った胸の傷も、
痛々しく傷跡になっている。
(ああ)
アキは思う。
(傷跡があれば忘れはしない)
アキの心の傷跡が、
やさしいものになっていくのを感じる。

「決着つけるか?」
鬼は静かにそう言う。
「いいえ」
アキは答える。
「夢を見たんです。夢に決着もありません」

鬼は木漏れ日の下で笑った。
アキも微笑んだ。
「俺は長生きする」
「鬼とはそういうものでしょう」
「俺は、アキを忘れない」
アキは鬼をじっと見つめる。
「アキが死んでも、忘れない」

アキにはそれだけで十分だった。
鬼の心にアキがいる。
それだけで、アキは満たされた。
あれほどの狂気が、
凪いでいくのがわかる。

アキの頬に涙。
思い出が心の深くに沈む。

忘れない。
この鬼のことを、決して。
夢のような日々を、決して。


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