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言珠
斜陽街。一番街にあるいつものバー。
無愛想ではないが表情の硬いマスターが、
何やらカクテルみたいなものを作っている。
ステアをクルリと。
氷の涼しげな音が響く。
このバーには、妄想屋の夜羽という、
妄想を録音したり再生させたりしている、
そんな妄想扱いの奇妙な人物がいる。
マスターは作ったカクテルを、
その、夜羽と客のいるボックス席へと運んだ。
夜羽はいつものように、
藤色のくすんだコートと、同じ色の帽子を目深にかぶり、
相変わらず表情は読み取りにくい。
手元には年代物のテープレコーダーがあって、
カセットテープで録音をするという。
客にカクテルを届けると、
客はしゃべり疲れたのか、うまそうにカクテルを喉に流し込んだ。
「それでは、妄想は以上ですか?」
夜羽は、一応の確認として、いつものように問う。
「妄想は、はい、以上です」
夜羽はうなずき、テープレコーダーを停止させた。
「妄想とは、別のお話になりますが…」
客は話し出す。
夜羽は新しいテープをセットしようとして、
途中でやめた。
妄想でなければ、テープに録音しても意味がないと思ったらしい。
「きれいな言葉も汚い言葉も、言葉は形になることがある…」
「ふむ。喉に言葉がこびりつく方も聞きますね」
「どれだけ美しい言葉の塊を作れるか」
「ふむ」
「それを今、どこかで試作しているらしいんです」
客に妄想特有の感覚は少ない。
夜羽はそれを感じ取る。
「信じられないかもしれませんが、僕はそのかけらを一個持っています」
「ほう」
客はテーブルの上に、からりと一つ、欠片を置いた。
それは、言葉を尽くしても美しさの伝わりにくい、
ただ、そこには色も光も超えたきれいな塊がある。
「言葉の珠、で、言珠(ことだま)です」
「言珠」
「できればで結構です。この言珠をあるべきところに戻していただけませんか」
「あるべき、とは?」
「美しい言珠は、美しいところに返すべきだと思うのです」
客は言う。
この言珠は、何かを表現した言葉を固めたもの。
表現主でなく、何を表現したかをたどって、そこに言葉を返してほしいとのこと。
夜羽は言珠を受け取り、うなずいた。
「こういう旅も悪くないですよ」