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構築体


それは電脳世界の話。

言葉の通じないストレスが、
隣人に対する敵意にとなっていく。
言葉が通じなければ、敵。
仮想空間でもその歴史が繰り返されるのか。
言葉の濁流。
理解できない言葉。
バベルシステムは一体どうしたのか。

どうしようもない情報の氾濫。
シャンジャーはどうしようもないものに、
飲み込まれそうな自分を感じる。
電脳娘々も、打つ手がないように見えた。
そこに、二人の袖を引く存在。
シズカだ。

電脳娘々が気が付き、
「どうしたの?」
と、たずねる。
シャンジャーはいつも、
シズカの言う言葉がわからなかったけれど、
このときは、言葉の氾濫に混じって、
心に直接シズカの凛とした言葉が届く。

 私が戻らなければいけません。
 私はバベルシステムの核。
 みんなの言葉を、私が解析して届けていました。
 私は言葉を使うみんなに触れたかった。
 私はプログラムの構築体。
 それでも、あなたたちと歩けて良かった。

能面のシズカの表情は変わらない。
プログラムに表情がないということだろうか。
シズカが電脳世界で何かのプログラムを構築する。
「帰るんだね」
電脳娘々が尋ねる。
シズカは無言でうなづく。
そして、プログラムを走らせる。
シズカの姿はおぼろになっていく。

「ありがとう」
シズカの声がこだまして、
そして間もなく、言葉の氾濫が収まっていく。
電脳空間における混乱が、
悪夢から覚めるように直っていく。

「シズカ」
電脳娘々はつぶやく。
「また遊ぼう」
シズカはバベルシステムに帰った。
バベルシステムの言葉。
それは、シズカ自身が整えた言葉。
この言葉に触れるとき、シズカに触れる。

シズカはきっと、どこにでもいるのだ。

「シャンジャー」
「うん?」
「シズカは言葉でできてるんだよ」
「そうだな」
二人はそれだけ言って黙った。
言葉が必要ない時だってある。

多分、シズカは少しだけ笑った。


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