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終点


妄想屋の夜羽は、
斜陽街に帰ってくる。
どこに出掛けていたかなんて、
誰が見てもわからない。
近所かもしれないし、
世界の果てかもしれない。

起点は同時に終点。
このバーから始まったものは、
ここで終わる。
出掛けていたというのも、
夜羽の主観でしかないし、
誰か別の視点から見れば、
夜羽はずっとここで、
言葉を追っている旅をしていたと見えるかもしれない。
夜羽がここで、
物語をずっと追っていたのかもしれないし、
そうでないかもしれない。

誰かが編んだ物語が、
立ち現れて、終わる。
夜羽はそういうことに慣れている。
いっぱしの妄想屋だ。
物語が終わることには慣れている。

夜羽はいつものボックス席に座り、
傍から見ると、ぼんやりしているように見える。
何かを思い出しているような、そうでもないような。
長い旅をしてきたようにも感じるし、
近所で誰かと話してきたようにも見える。
どこに行ってきたか。
夜羽が積極的に話すこともないだろうし、
バーのマスターが聞くこともあまりない。

ふと、バーのマスターが、何かを思い出したらしい。
「そういえば、本屋ができたらしいですよ」
「本屋」
夜羽は復唱。
また知らないうちに面白そうなものができたらしい。
「それじゃ歓迎しなくちゃね」
夜羽の口元が笑みになる。

ここは終点。
旅の終点。
しかし、ここは起点でもある。
終わりは始まり。
夜羽の旅の終わり。
そして、斜陽街の日常の始まり。

いつものように。
いつものように風が吹いて、
新しい住人を歓迎する。
斜陽街という存在は、
たいていの来客を歓迎する。
あなたも、あなたも。

言葉を越えておいで。
ここに。


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