酒場の夫婦
ネジがシャワーを浴びて、
バスローブらしいものを着て出てくる。
何かをいじっていたサイカが、
ネジのほうを向いて、片眉を上げた。
「よくふけ、水滴が落ちている」
「そのうち乾くって」
「タオルを貸せ。まったく手のかかる…」
サイカはぶつくさ言いながら、
ネジの髪をわしゃわしゃとタオルで拭く。
髪を手で整え、あらかた乾く。
「ありがと、サイカ」
「風邪を引かれると困るだけだ」
「そっか」
ネジの顔に赤い前髪がしっとりとかかっている。
見える口元は、うれしそうにほころんでいる。
「サイカはいいやつだ」
ネジは感じたままを話す。
「そうでもない」
「じゃあ悪いやつ?」
「そうかもしれない」
「そうは思わないけどなぁ」
ネジは宿にある寝巻きでなく、
いつもの黒い聖職者の服を着ようとしている。
「寝巻きでは酒場にいけないか」
さっきのように、何かをいじっているサイカが、ぼそっとつぶやく。
程なくして音楽が流れ出す。
いじっていたのはラジオらしい。
ネジは答えに困る。
酒場に行くことが、バレている。
もしかして、とことん朝まで飲むと計画していることも、バレているだろうか。
目は見えていないから、きっとバレない。
目が泳いでいたらバレる!
「まぁ、ほどほどにしておけ。シャワーを浴びたら俺も酒場に行く」
「ああ、うん」
ネジはこっくりうなずく。
たぶんみんなわかった上で、サイカは酒場に行ってもいいという。
朝までは、やめにしておいて、ちょっと気持ちよくなったら終わりにしようとネジは思った。
サイカがシャワールームに入り、
程なくして水の音が聞こえる。
その音を聞いて、ネジは一階の酒場に向かった。
木製の階段をたんたんと下り、
にぎわっている酒場にひょいと顔を出す。
「あら兄さん」
恰幅のいいおばさんが声をかけてきた。
「地酒がおいしいって聞いたので」
「何でもおいしいわよ」
おばさんが笑う。
ネジも笑った。そして、カウンター席につく。
「とりあえず軽いのと、チーズ」
「あいよ」
おばさんが注文を取ると、
それをカウンターの中の、おじさんに伝える。
夫婦かなとネジはなんとなく思う。
なんとなくではあるが、よく似ているなと思った。
「あい、地酒の軽いの。それからここのチーズ」
軽い音を立てて、透明の液体がグラスに入って置かれる。
隣にはカットしてあるチーズが皿に。
クリーム色がきれいだ。
「それじゃ、いただきます」
「はい、召し上がれ」
おばさんはにこにこして、また、仕事に戻る。
ネジは地酒を一口。
軽いのといったのに結構ガツンと来る。
それなのに、さわやかな気がする。
「うまいかい、兄さん」
カウンターの中から、おじさんが声をかけてくる。
「なんか強いのにさわやかですね」
おじさんは笑う。
「熟成させるともっと複雑で強くなる。人間と一緒さ」
「そうかぁ」
ネジはチーズをかじる。
ちょっとだけ古いようなにおいがする。
カビかな?
カビで熟成させるのもあるからな。
ネジはチーズを口の中で回す。
なるほど、ここの地酒とよくあう。
「おいしいです」
ネジが言うと、おじさんは誇らしげに笑った。
「製法もずいぶん変わったけど、味は変わってないのさ」
「変わったって、歯車ですか?」
ネジはサイカに教わったことを言ってみる。
町のあちこちにある青白い歯車。
おじさんに聞けば、わかるかもしれない。
「そう、喜びの歯車の動力が、ようやくこっちにも伝えられるようになって」
「喜びの歯車」
ネジは反芻する。
「そうさ、中央都市のすべての歯車の中心があって…兄さんさすがに知ってるだろうよ」
「あー…」
ネジはどうしようか考える。
とりあえず地酒を一口湿らせる程度に飲んで、
「実は転んで頭打って、記憶がごちゃごちゃしてるんです」
「ありゃ、そりゃいかんな」
「そんなわけで、歯車といわれても、よくわかんないので…」
ネジは心底かっこ悪いと思ったが、
おじさんは納得して話し出してくれた。