秘密のサイカ


酒場のおじさんが泣いている。
おばさんがあやすように、その背中をなでている。
いいなぁとネジは思った。
崩れたときに支える人がいるのはいいものだ。

おじさんはまもなく涙を流しきると、
鼻をすすった。
「みっともないところ見せちまったな」
「いいんです」
「爺さんを弔ってくれて、ありがとうな」
「はい」
「血がつながったわけじゃないけどな、この町を守ってくれたんだ」
ネジはうなずく。
「ありがとうな」
おじさんは重ねて礼を言い、
にかっと笑って見せた。
雨がやんだあとの、お日様のようだった。

サイカが食後のコーヒーを飲む。
「それで、どうする?」
「うん?」
「小さな町だ、やることはそれほどない」
「そうだなぁ」
ネジがぼんやり答える。
「車は明日仕上がる」
「うん」
「酒は今日は飲むな。明日残っていたら困る」
「えー」
「えーじゃない」
ネジはしぶしぶうなずく。
事故を起こしたら大変だろうというのは、
記憶がなくてもわかっている
「まぁいい、今日はゆっくり休め」
「そうする」
ネジはうなずく。
明日は車が出来上がって、
また違う町まで運転することになるだろう。
「おじさん」
ネジは声をかける。
「どうした、兄ちゃん」
「次の町へはどのくらい?」
「次の町か、どっちにいく?」
「うーん、気分次第だけど」
サイカは口を挟まない。
「そうだなぁ、街道を行ったら、山の中の町があるかな」
「そこに燃料はあるかな」
「どうだろうなぁ」
おじさんは専門でないらしく、首をひねる。
「港には行かないのかい?」
「みなと?」
ネジがたずねると、おばさんが口を挟んできた。
「兄さんたち、港はやめといたほうがいいかもしれないよ」
「なんでですか?」
「なんでもね、今トランプが来ているらしいよ」
「とらんぷ?」
ネジがオウム返しにたずねる。
「ここから丘を越えた港町で、なんかあったらしくてね」
「ふむふむ」
「トランプってのは役人だよ。中央都市から任命されてるのさ」
「ひとりですか?」
「なんだか大騒ぎだったらしいよ。噂がここまで届くんだもの」
「おばさん物知りですね」
ネジは手放しでほめる。
「いやだ、ほめても何も出ないよ」
おばさんはネジの背中をたたく。
うれしそうにばしばしたたく。

「それじゃ、いくか」
「うん、ごちそうさまでした」
ネジとサイカが席を立つ。
「昨日のように宿につけておいてくれ」
「あいよ」
答えを聞くと、サイカは部屋に向かった。
外に出る気はないらしい。
ネジも後を追った。

「思ったより早いな」
サイカが歩きながらつぶやく。
部屋に入り、ドアを閉める。
窓からは斜めに日の光が差し込んできている。
「日が暮れるのが?」
「いや、トランプだ」
「面倒ごと」
「そうだ、港町でチンピラを倒しただろう」
ネジは思い出す。
少ない記憶なのですぐに引っ張り出される。
港町で女の人に絡んでいたチンピラを、
サイカが不思議な方法で倒した。
ネジはグーで殴った。
痛いのは好きじゃないし、痛めつけるのも好きじゃない。
でも、殴った。
「俺が殴ったから?」
「いや、チンピラを生かしておいたのがまずかったな」
サイカは無表情だ。
心なしか、機嫌が悪い。
「殺すことなの?」
「いや、しゃべるなと言うべきだった」
サイカはいらいらとめがねを上げる。
「とにかく荷物をまとめておく。明日出発だ」
「トランプだから?」
「チンピラより面倒だ。兵士で役人だからな」
「面倒だなぁ…」
「山のほうに向かう」
「うん」
「それからグラスをわたる。そんなに遠くはないはずだ」
サイカはベッドの端に腰掛ける。
スプリングがなる。
「サイカ」
「うん?」
「チンピラを倒した技、なんと言うの?」
不機嫌そうにしていたサイカが、微妙に微笑んだ。
「企業秘密だ」
ネジはぽかんとした。
「まぁ、不思議と思っていればいい」
サイカはラジオをいじる。
その横顔は謎がたくさんだった。


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