手を汚すもの


穏やかな時間が流れる。
ラジオから音楽が流れている。
ネジはベッドに横になる。
スプリングがきしむ。
サイカは何かを考えるようにしている。
音楽が途切れるまで、ずっと黙っている。
音楽に聞き入っているのかもしれない。
それにしては難しい顔をしている。
サイカの難しい顔は今に始まったことではないが、
やっぱりあれが引っかかっているのだろうか。
「トランプ」
ネジが口に出してみる。
サイカは静かにネジのほうを向く。
ネジは横になったまま、顔だけサイカに向ける。
「トランプに追いかれられるのかな」
「そうだろうな」
「面倒だね」
「ああ、面倒だ」
音楽が流れる。
これは弦楽器かな。
「サイカは不思議な技を使えるのに、どうしてトランプが面倒なの?」
サイカは少し黙って考える。
「サイカってば」
「そうだな」
「不思議な技でトランプやっつけちゃえばいいじゃないか」
「トランプは、この技を目印に追ってきている」
ネジはきょとんとする。
「まぁ、俺一人がこの町に残ってトランプをひきつければいいんだが」
ネジはふるふると頭を横に振る。
「やだよ」
サイカは軽くため息をつく。
「お前はまだ記憶が戻っていない。一人は酷だな」
「そうかもしれないけど、サイカがいないとか、やだ」
ネジはそっぽを向く。
そして考えるだけ考える。
サイカの足手まといにならないように強くなりたい。
少ない記憶でそばにいてくれるサイカの、邪魔になりたくない。
「お前は馬鹿だ」
サイカがつぶやく。
日差しがゆっくり赤に変わっていく。
ネジの前髪のような赤。
ネジの視線を見えなくしている赤。
ネジはいろんなものが見えているけれど、
他の人からはネジの視線が見えないらしい。
不思議に思われたこともあった。
ネジはそれを説明することができない。
いろいろ抜けているんだろうなと思う。

ネジはかぶっていた黒い帽子を放り投げる。
聖職者の丸い帽子だ。
サイカが手だけ動かして受け取る。
「ネジ」
「うん?」
「聖職者がなんと言われているか、覚えているか?」
「ぜんぜん」
ネジはそう答えるしかない。
わかっているようにサイカは答える。
「手を汚すもの、と、一般には言われている」
「手を汚す?」
「この町の聖職者が時計を埋葬しただろう」
「うん」
「その手を汚して最後に埋葬するのが、聖職者だ」
「そうなんだ」
ネジは自分の手を見る。
「銃を使うものは、汚れているという概念がある」
「それはどうして?」
「先の大戦だ。銃は弔いの道具ではなく、殺すものだった」
「殺す?」
「そうだ」
「みんな涙にするの?」
「いや、命を奪うんだ。そして、ひどい死に様を迎える」
「腐るの?」
「そうかもしれない」
ネジは腰のラプターに触れる。
冷たいラプターは、何も答えない。
「そんなの、そんなのひどい」
「先の大戦はそういうものだった」
「今はいいよね」
「さぁな」
「俺は聖職者でもいいよ。手を汚してもいいよ。でもさ」
「でも?」
「ラプターで殺したくないよ。殺したくない」
ネジは覚えていないことが多い。
わからないことがたくさんある。
けれど思う。
殺すことは取り返しのつかないことで、
そこにいたってはだめだと。
怖いところに行くような気がする。
「ネジ」
サイカが呼びかける。
「殺すことが救いならば、どうする?」
「…わかんない」
「そうか」
「わかんないよ」
「それならそれでいい。そういうものだ」
音楽が途切れる。
茜色の部屋の中、沈黙が支配する。
「噂だが」
「噂?」
「生きながら道具にされたものがいるらしい」
「道具?」
「道具でいるのが苦痛なら、お前は殺してやれるか?」
ネジは考える。
そして答える。
「わからないよ」

「だろうな」
サイカは変わらぬ表情で音楽を聴いていた。


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