落ちこぼれ


伝道機がじじじと鳴っている。
「ほっといていいの?」
ネジは新聞師にたずねる。
「今、地図のことを受け取っている状態です。まもなく製本されます」
「へぇ…」
「ちょっと時間かかりますけど」
「いやいいんだよ。急ぎの旅じゃないし」
「そうですか」
新聞師はちょっと遠くを見るような目をする。
ネジはそれをみて、
なんとなく何かを懐かしがっているように思った。
「新聞師さん」
「はい」
「製本終わるまで、新聞師さんのお話が聞きたいです」
「えっと…話すようなこと何もないですよ」
「何でもいいんです。俺、記憶ないから何でも新鮮で」
「ああ、そうなんですか」
新聞師は笑う。
今まで黙っていたサイカが、じっと新聞師を見て、
「ザニ一家の一人か」
と、つぶやいた。
新聞師は大きく目を見開いた。
「どうして…」
「確かに新聞業に慣れている。しかし、召喚をやっていた痕跡が残っている」
「…わかるんですね」
「わかるやつにはな」
新聞師は深呼吸した。
そして、身の上を話し出す。
「僕はザニ一家の端くれで、落ちこぼれ召喚師でした」

新聞師は語る。
生まれたときからザニ一家として、召喚のすべを叩き込まれた。
それでも、才能がないのか、だめだった。
ザニ一家の子どもではないと言われたこともあった。
苦しいとき、そんなときは町の新聞師の店にやってきた。
崖に閉ざされたマーヤの町から、外が覗ける窓のようだと感じた。
そして、新聞師を目指してマーヤの町を飛び出した。
グラスを渡って中央都市で、
新聞師に関する猛勉強をした。
召喚よりも性に合っていたらしく、
やがて新聞師の資格を与えられ、伝道機とともにマーヤの町に戻ってきた。
先代の新聞師は引退していて、青年が新聞師をついでいる。
ザニ一家としては認めてもらえないけれど、
一人の新聞師として、接してもらっている。

「…召喚はだめでしたけどね、道がひとつじゃないんだと思って」
「道がひとつじゃない?」
「うん、僕には新聞師という道があったってことが、うれしかったです」
「よかったですね」
「はい」
ネジと新聞師が話している。
サイカは口を挟まずに聞いている。
「ですから、小さな事件も大きな事件も、みんなまとめて中央に送り続けています」
「新聞になるんだね」
「載らなくてもいいんです。新聞師が一人いることだけでも、わかってくれれば」
「がんばってるなぁ」
「ありがとうございます」
新聞師はぺこりと礼をした。

「リズの噂は届いてるか?」
会話がひと段落したところで、サイカが口を挟む。
新聞師はうなずく。
「リズに非登録召喚があったという噂ですね。新聞にもなっています」
「マーヤには関係がないはずだが、トランプが向かっているらしい」
「そうらしいですね。でも、中央には関係ないと送ってるんですけど」
「ふぅむ…」
サイカは眼鏡を少し直す。
「ザニ一家は、ここしばらくマーヤからは出ていません」
新聞師は言い切る。
ネジはどうしようか悩んだ末、黙ることにした。

「マーヤの町は、ザニ一家が中心なんですよ」
「どうしてそうなったの?」
ネジがたずねる。
「マーヤの先には、グラス越えの峠があります」
「ふむふむ」
「大戦当時、峠を守り続けたのが、ザニ一家だったんです」
「英雄なんだ」
「当時は登録召喚もゆるかったので、ずいぶん暴れたって話です」
「へぇ…」
「そしてそのまま、マーヤで峠を守り続けているんです」
「それで一家が中心なんだ」
「そうなんです」
新聞師はうなずく。
「僕にもいろいろありましたけど、マーヤはいい町です」
「うん」
「あ、そろそろ製本終わるかな」
いつしか伝道機は、ガチャガチャと本をとじていた。
電動機は大きい。
こんな風にガチャガチャいって、新聞も作っているのだろうか。

「よければザニ一家にもお会いになるといいかもしれません」
新聞師は出来上がった地図を取り出しながら、そういった。


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