手の内
ネジとサイカは、地図を受け取る。
全部網羅しているだけあり、ちょっと厚めだ。
代金を払って店を後にしようとする。
「あの」
新聞師が声をかける。
「召喚の痕跡なんて、そんなにわかるものですか?」
「言っただろう。わかるやつにはわかる」
「そんなものですか…」
「行くぞ」
サイカは歩き出し、ネジがあわてて続いた。
「まずは宿に行こうと思う」
「うん」
「少し休んで、あとのことを考えよう」
「うん」
静かなマーヤの町を歩く。
活気が全然ないとか言うわけではない。
品がよく、おとなしいという感じだ。
ネジはあちこち見回す。
青白い歯車があちこち。
さすがに歯車はここにも来ているようだ。
でも、番人さんを使うあたり、
まだ、すべてを歯車にしきっているわけではないのだろう。
ネジは一人で納得した。
宿は程なくして見つかった。
泊まる手続きをして、ベッドが二つの部屋を取る。
別々の部屋でもよかったけれど、
あるならそれで。
古い宿だけれども、ぴかぴかだ。
金属的なぴかぴかではなく、
木目を磨いて磨きつくしたようなぴかぴかだ。
「ぴかぴかですね」
ネジはつぶやく。
受付の女性が微笑む。
「昔からここは、グラス越えの拠点だったからね」
「越える旅人が使ってるから、ですか?」
「旅人をもてなす、最高の宿を目指しているんですよ」
「すごいなぁ」
ネジは感心する。
旅人をもてなす心に感心する。
「ザニ一家には会ったかい?」
「いえ」
「お嬢さんが、最近外に出てこなくてね」
「お嬢さん?」
「うん、新聞師やってる兄さんの妹さんさ」
「ああ」
ネジはうなずく。
「お嬢さんは身体が弱いらしくてね」
「病気なんでしょうか?」
「さぁねぇ」
女性は宙を見る。
「お嬢さんの才能なら、二級召喚師が取れるんじゃないかって言われてたよ」
ネジは思い出す。
確か地方派遣は三級程度だ。
ということは、お嬢さんが元気であれば、
なんというか、地方にくすぶることもなく、
いろんな道が開けるのかもしれない。
「書物庫は見たかい?」
「いえ、まだです」
「それじゃ、町の本屋は見たかい?」
「そっちなら見ました。召喚の本ばかりで」
「あれはお嬢さんの御用達なんだよ」
「すごいなぁ。それで召喚ばかりなのか」
「そうなんだよ」
部屋の鍵を受け取り、ネジとサイカは部屋に案内された。
部屋に入るなり、
ネジはベッドに寝転ぶ。
「ふかふかだー」
スプリングがなる。
ベッドがネジの身体を受け止める。
ネジはようやく気がつく。
ちょっと疲れているという事実。
サイカは隣のベッドの端に座っている。
何か考えている。
いつもサイカは何か考えていて、
ネジの先回りをして導いていてくれる。
サイカは何者なんだろう。
確か、港町リズで召喚をした。
ネジの少ない記憶がそういっている。
「サイカぁ」
「なんだ」
「サイカは召喚師?」
サイカはしばらく考える。
「そうだな」
ポツリと答える。
「でも、命は召喚していないよね」
「ああ」
「どういうものなの?」
「俺は物理召喚師だ」
「ぶつり?」
「命ではなく物を召喚する」
「もの」
「五級に段階が分かれていて、一度に呼び出せるものの制限がある」
「サイカは何級?」
「そのうちわかる」
「むー」
ネジはむくれた。またはぐらかされた。
「命でない、だから、お前が技だと思ったのだろう」
「うん、命じゃなかった」
「あれも召喚だ」
「ふーん…」
サイカが少しだけ手の内を見せてくれた。
ネジはそれがちょっとうれしかった。
今日はいっぱい運転してつかれた。
明日のことはあとで考えよう。
ザニ一家にも会いたいな。
会えたらいいな。
ネジはいろんなことが楽しみになった。