覚えていて


その日は何事もなく過ぎていった。
崖の上から美しい夕日が差し込んできて、
ネジはそれをぼんやりと見ていた。
ネジはお日様とかそういうのが好きだ。
何でかはわからないけれど、
空のものは、ネジの力ではどうしようもない気がする。
それがいいなぁと思った。
だから、空を行くものは美しいのかなとも。

明日一日ここにとどまって、
ザニ一家に会いたいなぁとネジは思った。
書物庫も見てみたい。
いろんなものを記憶に入れていきたい。
ネジはテーブルの上に置かれた地図を取り出す。
そして、部屋に備え付けのペンを失敬する。
「ええと…」
まずグラスから探さないといけない。
ネジはぺらぺらと地図をめくる。
「グラスチーラ」
サイカがつぶやく。
「グラスチーラ、グラスチーラ…あった」
ネジはそこから、港町リズを探し当てる。
サイカが物理召喚で騒ぎになった町。
しかし本当に何級なんだろうなぁとネジは首をかしげる。
そして、ネジは地図の上に街道を見つける。
たどっていくと、ネジの記憶がはっきりし始めた頃の、
ゲンの町があった。
チーズがおいしくて、地酒はちょっときつい。
弔いの銃弾で、おじいさんを弔った。
ラプターは一応テーブルの上においてある。
下げていてもいいが、寝転がると違和感がある。
サイカは祈りをしてくれた。
祈りの言語はどういうものなのだろう。
なんとなくわかる気がするのは何でだろう。
そして、ゲンの町から街道をたどり、
現在マーヤの町。
少ないネジの記憶が、ちょっと増えていく感じ。
「サイカぁ」
「どうした」
「みんな俺のこと覚えていてくれるかな」
「そんな変な格好だ、覚えているだろう」
「かっこよさを追求した結果だよ。多分」
「多分、か」
「うん、多分俺なりのかっこいいこと」
「それで、覚えていてほしいのか?」
「うん、俺、記憶ないからさ、なんでも新鮮でさ」
ネジはぽつぽつ話す。
「人に出会うってことが、すごく気持ちいいんだ」
サイカはため息を軽くついた。
「やっぱり、悪い人もいるよな」
「当たり前だ」
「けど、俺を覚えていてほしいな。わかんないけどそれって生きることだよ」
「そうかもな」
ネジは窓の外を見る。
夕日が差し込んでくる。
お日様は何度でも沈み、そのたびに昇る。
ネジは適当に考える。
何度も忘れたなら、何度も世界をめぐりなおすのもいいかもしれない。
命は有限かもしれないけど、
何度も記憶をなくすってこともないだろう。
記憶をなくしたら旅に出て、
世界の一部になるくらいまで人々に出会うんだ。

サイカは青白い歯車をいじり、
ライトをつけた。
「トランプがここを目指してくるだろう」
「役人だったよね」
「ああ、ウサギの下で働く役人だ」
「ウサギ?」
ネジは聞き返す。
聞いたことのないものが出てきた。
「ウサギは偉いやつだ。そう覚えておけばいい」
ちょっとは教えてもらったが、意味がわからない。
ネジなりに考える。
トランプの上には、ウサギと呼ばれるもっとえらいのがいる。
なんとなくではあるが、
ウサギにかかわると、面倒な気がした。
ちょっと前の夢でウサギに追いかけられたからかもしれない。

やがて外は夜になる。
ネジとサイカは宿の外の食堂で食事を取ると、
シャワーを浴びてベッドにもぐりこんだ。
いつものように、サイカがネジの頭を拭いてくれる。
暗くなってのマーヤの町は、
娯楽らしい娯楽がない。
あちこち暗くなり、部屋に戻ったほうがいいと思わせるには十分だった。
ベッドに入って、青白い歯車をいじってライトを消す。
部屋の中は静かな闇になった。
ネジは丸まって考える。
トランプ、ウサギ、召喚師。
きっと世の中にはもっとすごい人がいる。
ネジはペンで印をつけた地図を思う。
もっと印をつけて行きたい。
そしてネジを覚えてもらいたいと思った。


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