転送院
転送院は、大きな建物だ。
ネジの記憶にはないが、印象として、
神様を祭っている建物みたいな、
それの大きなもののような、
そんな気がした。
「先の大戦の名残だ。構造自体は大戦よりも前のものだ」
「大戦より前?」
「中に転送師がいるはずだ。多分俺より詳しいだろう」
ネジはうなずき、転送院の門まで車を走らせた。
大きな門は静かに開く。
入ってもいいといわれたような気がして、
ネジはゆっくり車を進める。
「焼き物みたいな建物だね」
ネジがつぶやく。
「磁器色をしているかもしれないな」
「じき?」
「薬をかけて白や青を出した焼き物のことだ」
「うん、そんな感じの建物。磁器なのかな、この大きなの」
転送院の建物の周りには、
かがり火がたかれている。
大きな転送院の影でめらめらと燃えている。
決して夜に来たわけでないのに、
かがり火は燃えている。
その明かりが、磁器色の転送院にゆらゆらゆれる。
ネジは車を進める。
「この奥が転送所だ」
「車のままでいいのかな」
「大丈夫だ」
転送院の中まで進む。
ゆっくりではあるが、車を進めながら周りは見えない。
きょろきょろしては危ない。
でも、なんとなくは感じる。
ここは時計が止まっているという感じ。
昔はここを軍隊が通っていったんだろうか。
グラスを超えて戦争した人たち。
歯車の構造よりも前の人たち。
やがて、アーチが見えてくる。
「あそこが転送所だ」
ネジはアーチまで車を進める。
そこに、一人、人がいた。
黄色いローブをまとって、先端が輝く杖を持っている。
まじめそうに見えるけれど、
何歳なのかは、ぜんぜんわからない男だ。
「ようこそ」
「はい、あの、転送師さん?」
「いかにも」
転送師はうなずく。
「あの、グラス越えしたいんですけど」
「ふむ、行き先は?」
ネジはわからない。
おろおろしていると、サイカが答えてくれた。
「グラスサードだ」
「よろしい」
転送師は納得したらしい。
「中央の陣の中に、車ごと入れなさい」
転送師は指示する。
なるほど、いわれたように、
アーチの奥の転送所といわれたところは、
大きな文様が描かれている。
あれが、陣というやつなのだろう。
とにかく大きい。
ネジは車を止める。
転送師がゆっくり近づいてきた。
「ただいまから、グラスサードと空間をつなぐ」
「お願いします」
ネジはどきどきする。
転送師はとんとんと杖をついた。
そして、よくわからない言葉で何か言う。
言葉は大きな転送所に吸い込まれた感じがした。
「転送院の起動をした。昔の技術はたいてい大掛かりだ」
「あの、大きな建物が全部?」
「そう、全部転送のための仕掛けだ」
「すごいなー」
ネジは感嘆する。
「ただ、空間をつなぐのは、どうしても時間がかかる」
「そうなんだ」
「歯車よりも大戦よりも前の技術でね」
「古いんだ」
「そう、古いんだ。今では祈りの言葉に少し残っているものだよ」
「いのり?」
ネジはなんとなく思い出す。
サイカが祈りを使いこなせなかったか。
「そんな古い言語の古い技術だから、継ぐ人も少なくてね」
「そうなんだ」
「中央は転送師の育成に躍起になっているよ」
転送師はそこでにっこり笑った。
「さて、もうそろそろ、つながっただろうか」
転送師は先が輝く杖を掲げる。
「感度良好、ノイズなし」
転送師は、輝きを振り回す。
杖をぐるぐる回して、なにやら文様を描く。
なんとなくではあるが、言語かもしれないと思う。
ぶつぶつと何かを唱えている。
陣が発光を始める。
転送師が、ひときわ大きく杖を振り上げ、
とん!と、こ気味よく音を立てて振り下ろす。
しゅばっ!
一瞬の閃光。
ネジは何も見えなくなった。
白かな、黒かな。
ネジの視界がちらちらする。
車に乗ったままなのに、浮いている感じがする。
ネジはしばらく考えを放棄して、
転送の感覚に揺られた。