ズシロの町


町だったもの。
近づくにつれ、そう感じる。
ネジの少ない記憶がいっているような、
町ではない。
あれは、町、だったものだ。
過去形だ。

ズシロの町にすっと入る。
石と漆喰で固められた、
ノズナの町と同じような建物は、
あちこち崩れている。
ネジは速度を落として、ブレーキかけつつ進む。
崩れているんじゃない。
壊されたんだと、なんとなく思う。

人の気配がない。
きれいさっぱりない。
そんな、大通り跡地を進む。
その先に、きらきらしている場所が見える。
ネジは近くまで車を進める。
そしてわかる。
残されたオアシスだ。

オアシスは人がいようがいなかろうが、
きれいな水をたたえている。
ここを中心に栄えていった町が、なくなってしまっても。
ネジはオアシスの近くに車を止める。
降りてみるが、人の気配はまるでない。
サイカも降りた。
「少し町を歩きたい」
ネジが提案する。
サイカはうなずいた。

ネジは壊された町を見る。
原形を少しとどめているのが痛々しい。
本当に人の気配はひとつもなくて、
お店なんかを覗いてみても、
中がひどいまでに荒れ果てて、砂埃が入っている。
「ここで、争いがあった」
サイカが読み取ったようにいう。
「動かしているのは、忘れられていた感情だ」
「忘れられていた?」
「怒りだ」
「いかり」
「忘れられていた怒りは、方向を定められず、すべてを滅ぼす」
ネジは店の中を歩く。
何の店だったのだろう。
みんなが怒るなんて何でだろう。
滅ぼすほどの怒り。
忘れられていた怒り。

瞬間、ネジは逃げていく人の幻を見る。
声は聞こえないが、
命の懇願をしているように見える。
そして、追っているもの。
顔が醜くゆがんでいる。
日常使っているものが、
武器に変わる瞬間。
それはたとえば刃物だったり、
硬い道具だったり。
追うものが、店の中を次々に荒らしていく。
ネジは何もできずにその様子を見ている。
荒らしながら何かを探しているらしい。
逃げるものに、追うものが集団で詰め寄る。
逃げるものは、首を振るばかりだ。
そして…鈍器がいくつもふってきた。

ネジは幻から目を覚ます。
ため息をひとつ。
「あれが、怒り」
ネジはつぶやいた。
近くにいたサイカがうなずいた。
「共鳴していたな」
「多分」
ネジは説明ができない。
怒りの表情も、恐れの表情も、
くっきり焼きついている。
「平和に喜びの歯車を使っていれば、滅多なことでは、怒りは出てこない」
「うん」
「歯車の力の方向を変えたんだ」
「どんな風に?」
「おそらく、誰よりも動力に優れたという歯車をひとつ入れた」
「それはすごいじゃないか」
「ひとつだけだと、奪い合いになる」
「そういうものかな」
「そして、動力を上げた歯車を目指して、喜びの歯車をどんどん回す」
「そうすると…」
「過度の力をかけられた喜びの歯車は、壊れる」
「壊れる」
ネジの耳の奥で、何かが壊れる音色が聞こえる。
「喜びの歯車は、元来微妙なバランスで回っている」
「それが、壊れる」
「歯車に限らず、町の喜びというものが壊れた。そして」
「そして」
「忘れていた怒りが暴走する」
ゆがんだ怒りの顔。
あれが、町を滅ぼした怒りの顔。
「多分、使える喜びの歯車を、みんなで奪っていたのだろう」
逃げていた人は、
多分歯車を隠しているだろうとか、いわれていたのだろう。
そして多分、隠してなんかいないのに殺された。
「トリカゴは歯車をひとつ入れて、方向を変えただけだ」
「でも」
ネジは何かいわねば。
トリカゴが平和を壊したことは悪いことだと。
ネジには悪いことに感じると。
「トリカゴにも言い分はあるのだろう…そうだろう?」
ネジは一瞬何のことだかわからなかった。
サイカの向いている方を見る。

そこには、青い衣をまとった、トリカゴがいた。


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