力学師


宿に戻り、手早く荷物をまとめる。
いつもそうだが、そんなに荷物はない。
チェックアウトして、車へ。
砂よけになっているそこで、車は昨日のようにたたずんでいる。
荷物をトランクに積んで、ついでに昨日のビーの残りの瓶も入れる。
「まだ飲む気か」
「けっこうおいしいよ」
「別にかまわん、言ってみただけだ」
ネジは口元をほころばせる。
サイカはなんだかんだ言って、いいやつだと感じた。

キーを回して、エンジンが動き出す。
砂の具合で悪くなっていたりはしないらしい。
「行こうか。案内頼むよ」
「そう遠くはないはずだ」
「でも、着かないと、ひどいでしょ」
「まぁそうだな、町を出たら速度を上げ気味にしろ」
「了解」
ネジはアクセルをゆっくり踏む。
ノズナの町を抜ける。
ネジは心の中で、おいしいお酒ありがとうと、手を振った気分になる。
おいしかったよ、ありがとうと。
酒もそうだけど、
いろんな人に触れられるっていいなと、ネジは思った。

町がバックミラーからも小さくなっていく。
ネジはちらりと後ろを見て、アクセルを踏んだ。
午前中の砂漠はまだ暑くはない。
これから太陽が照らし出して、
どんどん温度が上がる。
車が止まる前に、
どうにか噂の町までたどり着きたいところだ。
「次の町なんていったっけ?」
「ズシロの町だ」
サイカが答える。
「ズシロ」
ネジが復唱する。
「もっとも、町としての形が残っているかは、わからない」
「噂では滅んだんだっけ?」
「どこまでが真実かわからない、だが」
「だが?」
サイカの答えに間がある。
「だが、トリカゴの力なら、それができる」
ネジには何のことかよくわからない。
ただの研究者じゃないのだろうか。
「トリカゴの力って、何?」
ネジは運転しながらたずねる。
「話せば長くなる」
「いいよ」
サイカは考え、話し出す。
「トリカゴは、力学師の資格を持っていた」
「りきがくし?」
聞いたこともないものだ。
「力学師とは、かけられた力、その方向を自在に操れる」
「うーん?」
「たとえば殴るという力がある。殴る方向に向かってくる」
「うん、なんとなくわかる」
「力学師はその方向を変えて、相手に返すまでできる」
「すごいね」
「あらゆる力学に精通しているから、あらゆる力と方向を操れる」
「それが力学師」
「歯車の研究についても、力学は相当役に立ったんだろう」
「なるほどね」
「ネムリネズミの研究者で、力学師。それがトリカゴだ」
ネジはうなずく。
そしてなんとなく思い出す。
トリカゴは、モーションなしに飛んだり、飛び降りて無傷だったりしていた。
それはきっと力学師の能力だったんだろう。
力の方向を変える。
なるほどなとネジは思った。

「力学師的な考え方をトリカゴは持っていた」
「考え?」
「歯車に別方向から力を加えると、いともたやすく暴走する」
「歯車に?」
「喜びの歯車に、何か力学的仕掛けをしたのかもしれない」
「そしたらどうなる?」
「それを見に行くんだ。多分トリカゴが起こしたことだ」
「ズシロの町?」
「そうだ」
ネジにはよくわからない。
みんなが平和にお酒を飲んでいるような、ノズナの町。
不毛の地だったそこに、みんなの笑顔がやってきた。
それは喜びの歯車でみんな、生活が豊かになって、
争うこともなくなったから。
ズシロの町のことは、トリカゴが絡んでいるらしい。
何でトリカゴは歯車を盗んで、
サイカの言うところの、暴走をさせたんだろう。

気温が上がってくる。
黄色い小さな車は、サイカのナビで砂漠を走る。
じりじり汗が出てくる。
早くたどり着きたいところだ。
目印らしい目印は少ない。
標識なんてなくてもいいのかもしれないけど、
一体どこを走っているのかわからない。
ネジは迷っていないかが不安になる。

「見えてきた」
サイカが先に見つけた。
ネジはずっと前を見渡す。
確かに白い建物が小さく見える。
あれがズシロの町らしい。


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