滅んだらしい


ネジは夢を見る。
誰かの声がする。
誰だろう?

「香箱車から、二番車、三番車、四番車…」

歌うように誰かが語っている。
ネジはそんな風に感じた。

「ゼンマイ、ガンギ車、アンクル、テンプに、ヒゲゼンマイ…」

ネジの夢の中で、何かの仕組みが出来上がっていく。

「ほうら、時を刻むものを作るって、こんなに簡単なんだ」

おぼろげに理解する。
そして、夢の中で誰かが形にする。
形にしたそれがまぶしい。

ネジは、まぶしさで目を覚ました。
上を見れば、昨日と同じ部屋の天井がある。
歌うような声は聞こえなくなっていた。

起きていつものようにシャワーを浴びる。
着替える。
「今日はどうするの?」
ネジはたずねる。
「できればトリカゴに会いたいところだ」
サイカは答える。
ネジはちょっと驚く。
「なんでまた」
「あの分だと、大変なことになる」
「大変な?」
「町の情報を少し仕入れる。予感が当たっていたら、きっと大変だ」
「何だよ予感って」
ネジは食い下がる。
サイカはネジの頭を帽子ごと、ぽんぽんとたたいた。
「こういう予感は知らないほうがいいこともある」
サイカがこんなことを言い出すのだ。
きっと最悪の予感を、サイカはしているに違いないとネジは思った。

朝の町に出る。
まだ気温が上がりきっていなくて、涼しい。
砂埃も少ない。
町の人もこの時間帯が動きやすいらしく、
昨日よりたくさんの人が見える。
みんな布をかぶっている。
目は出している。
まぁ、目を出さないと前が見えないからなぁとネジは思う。
ネジは自分の前髪に触れる。
まぁ、前髪が顔を覆うくらいあっても、
ネジには見えているんだからいいだろう。
真っ赤な前髪も悪くないんだけど。
わかってもらえないだろうなとネジは思う。

大通りから看板をたどって、
市場の近くにやってくる。
市場の近くにはたいてい、
市場で仕入れた新鮮なものの、食堂があるらしい。
砂漠ではどうだかわからないけれど。

二人は食堂に入っていった。
食堂はにぎわっている。
市場の戦利品を持っているもの。
情報交換をするもの。
なんともいえずに騒がしい。
二人は席を取って、周りの声に耳を澄ませた。
話しかけてもいいが、
何から聞いていいかわからないときは、
噂を取っ掛かりにするのがいいのかもしれない。
軽食とコーヒーを頼んで、
二人は静かに食事をする。

市場の話がたくさん。
自分の子どもがこんなに大きくなったという話も聞こえる。
その中から、耳が何かの噂を拾った。

「それでオアシスは残ってるんだけどな」
「残ってるのか?」
「ああ、それなんだけど、町はぼろぼろなんだ」
「なぁ、どこの話だ?」
「ズシロの町だ」
「本当か?」
「何でも、喜びの歯車がひとつもなくなったって話だ」
「噂かい、それ」
「いや、俺も見てきた」
「どうして喜びの歯車が」
「中央に逆らったんじゃないか?」

サイカはコーヒーをすする。
噂が聞こえているはずなのに、
眉一つ動かさない。
「サイカぁ…」
「わかっている」
「オアシス残してぼろぼろらしいよ」
「聞いた」
「どうしたんだろうね」
「滅んだんだ」
「滅んだ?」
「ああ、暴走をしたんだ」
「暴走?」
「平和はいとも簡単に暴走する。トリカゴの持論だった」
ネジはトリカゴのことを少しだけ思い出す。
そんなことを考えていたのか。
サイカはトリカゴと知り合いだったというけど、
どんなことを知り合いとして話していたんだろうか。

「涼しいうちに、隣町までいく」
サイカが提案する。
「でも、滅んだんじゃない?」
「暴走した平和の傷跡、それを見せる」
「それはひどいものかな」
「誰も弔うものがいないくらい、ひどいものだ」
「そうなんだ」
サイカはうなずき、コーヒーを飲む。

噂だけが飛んでくる滅んだという町。
一体砂漠の町に何があったのだろう。


次へ

前へ

インデックスへ戻る