その手口
あたりはパニックになった。
トランプも手出しできなかった。
公爵夫人が熱量召喚している暇もなかった。
それはすべて瞬間的なものだった。
号外丸がやってきて、
水を撒いて、
領収書を撒くまでの時間。
それだけの時間だった。
「追え!追いなさい!」
先ほどの公爵夫人の声がする。
サーチライトが大慌てしているのがわかる。
トランプの命令系統も大変なことになっているだろう。
「行くぞ」
ネジはサイカのその声で我にかえった。
「もう、見るものは見た」
「でも、どうしてグリフォンが」
「説明は宿に戻ってからする」
「うん」
二人は押し合い圧し合いしている公爵夫人の庭を後にする。
ネジは疑問がグルグルだ。
昼間飛んでいたグリフォンが何でとか、
溶けちゃうって何だとか、
じゃあ、怒りの歯車って何だとか。
ぐるぐるしていて、つまづきそうになる。
サイカが手を取ってくれる。
「考えながらは危ない」
「うん」
人ごみから抜けたところで、
誰かがやっぱり人ごみから出てきたのを見る。
「よし、今から伝道機にかければ間に合うぞ」
その人はつぶやくと、通りを走っていった。
「新聞師だな」
「そうみたいだね」
「まぁいい、戻るぞ」
「うん」
夜中の通りを二人は歩く。
あちこちで大騒ぎになっている。
新聞師が走って行ったし、
朝には号外がまた飛ぶだろう。
「グリフォンが溶けちまったんだよ!」
町の誰かが騒いでいる。
「溶けるって、何だよ」
「号外の紙みたいにどろどろって」
「なんだそれ」
「目の前で起きたけど、俺もわかんないんだ」
みんな理解できていないみたいだ。
ネジも理解できていないが、
ひとつだけ、推測はできる。
いつの間にかグリフォンが号外の紙と同じ素材にされていたのじゃないか。
可能かどうかはわからない。
喧騒の町を抜けて、宿に戻ってくると、
ネジはまた、サイカの部屋にお邪魔した。
「それで、何から聞きたい?」
サイカが椅子に腰掛け、
ネジはベッドに腰掛ける。
サイカはネジの質問を待ちながら、ラジオをいじって音楽をかける。
「号外と同じ素材」
ネジはぽつりと言ってみる。
「水に溶けるんだから、多分そうだよね」
「そうだな」
「いつからグリフォンが?」
「おそらく、昼間のグリフォンを操縦していたのが、ハリーだ」
「え?」
「グリフォンを、どこかの島影で入れ替えて、偽物を庭に戻す」
「それもハリーが作ったの?」
「模写師というんだ、そのくらいはたやすい」
「でも、操縦士にそんなに簡単に…あ!」
「ハリーは誰にでもなれる。パイロットが同じ、グリフォンも同じ形なら」
「疑う人はいなかったんだね」
ネジはうなる。
「そして、ハリーはグリフォンの中の歯車を見たんだろう」
「怒りの歯車でない、って紙には書いてあったね」
「そう簡単に怒りの歯車が出るはずもない」
「忘れられた感情だから?」
「欠けた歯車がこんなところに堂々とあるはずがないってことだ」
「ふーん」
「公爵夫人、中央も大恥だな」
「そうなんだ」
ネジの中でいろいろ整頓をする。
ハリーが予告を出して、
ハリーは多分新聞師の号外の紙の素材で、グリフォンの偽物を作って、
このときに、号外丸の偽者も作ったのかな。
それで、操縦士に成りすまして、
グリフォンを昼間に飛ばす。
そして、多分どこかの島影に、隠しておいた偽物グリフォンと、
本物のグリフォンを入れ替えて、
公爵夫人の庭に偽物を置く。
昼間に飛んだのは、入れ替えるためなのだろう。
夜までの間に、ハリーは多分グリフォンを調べ上げて、
怒りの歯車なんてないという結論に至る。
あとは、空から水を撒く。
このとき号外丸を使うのも計算済みだったのかな。
号外を撒くと勘違いさせるのも。
近づいていって、偽物グリフォンを溶かしてしまえばいい。
それでおしまいだ。
言うのは簡単だけど、
模写師でも、とんでもない技術がないと、できない荒業だ。
「すごいね」
「一級模写師の実力だ」
ネジは素直に納得した。