胸の痛み


港で定期船を待っている間、
ネジはずっと無言だった。
考え込んでいた。
自分がいる意味を。
聖職者ということ。
真似事かもしれない。
でも、ラプターを撃てて、
命を涙に変えることができる。
それは武器として殺しているのと何の違いがあるだろうか。
人を殺せば罪人だ。
記憶がなくてもそのくらいは覚えているらしい。
ネジは普通でない。
ネジはそれを痛感する。
祈りの言葉もなしに、弔った。
公爵夫人を、殺した。
殺したんだ。
ネジは内側がきしんだ感覚を持つ。
感情が痛い。
「いくぞ。船が来た」
「うん…」
ネジはうなずいた。
先にたつサイカの背を見ながら、
サイカなら何か教えてくれるかもしれないと思った。
「サイカぁ…」
「どうした」
「…なんでもない」
言葉がなかなか出てこなくて、結局それで終わらせてしまう。
伝えることができなくて、もどかしい。
サイカは軽くため息をついた。
「ネジ、お前は世界にただ一人の存在だ」
「ただ一人?」
「誰もお前の代わりになれない。どんな聖職者でもな」
「そんなこと…」
「ならなぜ公爵夫人の願いを聞いた」
「それは…聞こえたから」
サイカはうなずいた。
「苦しむものに救いや安らぎを与える。それがわかるのもお前だけだ」
「俺…」
ネジは言葉が出てこない。
いいんだろうか、これでいいんだろうか。
「乗るぞ」
「うん」
ネジとサイカは定期船に乗った。
遠くでまだ喧騒が聞こえる。
「ありゃあなんだい?」
船で誰かが尋ねたらしい。
「トランプが来ても大騒ぎらしいぞ」
「はー、ご苦労なこって」
船の中はそれで終わったが、
町には新聞師もきっといることだし、
情報ももうすぐ中央に行くだろう。
中央、そこに何かある。
喜びの歯車の中心。
それはみなを祝福してくれるものだろうか。
ネジは船上で潮風に吹かれる。
じっと遠くを見る。
グラスシャンの海が広がっている。
ずっと遠くまで見えれば、島も見えるのかもしれない。
そこには普通とされる人がいて、
普通の穏やかな生活をしていて、
大戦があったことなど過去のことにされて。
平和を享受している。

ネジの内側の、
歯車がきしんだような感覚。
胸が痛いような感覚。
この痛みもネジだけなんだろうか。
ネジは胸をぎゅうと押さえる。
感情がつらいときに、胸も痛くなる。
みんなにつらい思いをさせちゃだめだ。
中央が何を考えているかはわからないけれど、
ネジはただ一人の聖職者として、
誰も代わりがいない聖職者として、
弔っていかなければならないと思った。

弔うたびに胸はつらくなるだろう。
内側の歯車がきしむような感覚になるだろう。
弔いの銃弾を入れなくても撃ち出せる、ラプター。
よくわからないけれど、ラプターを使えるのは、ネジだけの気がするし、
それなら、やるだけだ。

船はやがてトーイの町に着く。
号外丸はまだ飛んでいない。
そのうち、号外を撒き散らすことになるだろう。
ネジは港を見回した。
釣り糸をたらした老人はもういなかった。
少し話してもよかったかなと、ネジは思っていた。
いないのでは仕方ない。

宿に戻ると、
言伝と届けものがあった。
言伝は、車が出来上がったという修理工場から、
届け物はネジとサイカの服だ。
黒スーツも動きやすくて悪くはないが、
聖職者の服を着ないことには、どうも格好がつかない。
受付の人に礼を言うと、部屋へと戻る。

部屋に入ると、
ネジは聖職者の服に着替える。
そして、ラプターを腰に下げる。
誰にもなれない聖職者なら、
自分にしか弔えないというのなら。
もしかしたら自分にしか、胸の痛みがないのなら、
他の人を痛ませることないようにしたい。
この手を汚すのが聖職者だ。

ネジは祈った。
祈りの言葉は知らない。
けれど、手を組み、何かに向かって祈った。


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