奇妙な連中
世界は回っている。
まだ、地平線の果てを見つけられずにいる。
小さな黄色い車が、
荒野に止まっている。
黒い執事服の男が、助手席から外に出て、
地図を確認している。
この荒野の中、目印になるようなものは何もない。
彼の名前はサイカ。
運転席の男が、
車のエンジンを止めて出てくる。
黒い聖職者の衣装。
黒い帽子もかぶって、前髪は赤い。
彼の名前はネジ。
「見渡す限り、だね」
ネジは車に寄りかかりながら、荒野を見る。
「そうだな、燃料が持つかどうか」
サイカが答える。
ネジは上を向いた。
見渡す限りの青い空。
喜びの色だとネジは思った。
「みんなどうしているかな」
「勝手にやってるだろう」
「そうかもしれないけど」
「気になるか?」
「少しだけ。また会えたらいいなと思ってる」
荒野に一陣の風が吹く。
グラスはなくなり、ひとつの世界となって。
世界は再構築された。
喜びの歯車がなくなった。
喜びが失われたわけでないと、
人々が理解するのに、それなりの時間がかかった。
理解させるのに尽力したのは、
なんといってもトビラとトリカゴだった。
時間をかけて、彼らは新しい動力を作り出した。
その動力を、ココロという。
「俺達に時間は山ほどある」
サイカが地図を折りたたみながらつぶやく。
「結局俺達のパーツは外れなかった」
「うん」
「俺達はパーツが意味を成さなくなるまで、生き続けるだろう」
「そうかもね」
「時間は山ほどある」
「うん」
ネジはうなずく。
リュウもハリーも、この空の下で生きているのだろうか。
トビラとトリカゴが表なら、彼らは裏の人っぽいなと思う。
どんなパーツを持っていたのか、
結局聞けずじまいだった。
言われても、きっとわからないだろうけど、
この広い世界で、また会えたらうれしいなとネジは思った。
愛に包まれた広い世界。
ネジとサイカと、もう一人。
彼女は後部座席で眠っている。
「今エンジンかけたら、彼女を起こしちゃうかな」
「ならば起きるまで待つか」
「そうだね」
古い世界のパーツを抱えたまま、
生きている奇妙な連中がいる。
つくわけでもなく離れるわけでもなく、
そっと、そばにいる。
長い時間をいきながら、
古くて新しい感情を、彼らは持っている。
風が吹いて、
どこかのにおいを届けてきた。
この空の向こう、
この地平線の果てに、誰かが待っている。
それって素敵なことじゃないか。
後部座席の彼女が、むにゃむにゃと寝言を言う。
もうすぐ目覚めるのかもしれない。
ネジはそっと車のドアを開けて、後部座席を覗く。
「うー…ん?」
彼女が目を覚ましたようだ。
人形のような彼女。
ニィでもない、
キュウでもない、
アリスでもない。
でも、彼女達でもある。
そんな、彼女がいる。
「おはよう」
「うん」
「すごい地平線ですよ」
彼女は飛び起きる。
そして、車の周りが地平線であることを確認し、
目を輝かせる。
「どこへ行きます?」
ネジは彼女にたずねる。
彼女の行きたいところが、ネジの行きたいところだ。
サイカもそれをわかっている。
彼女は、言う。
「地平線の果てまで!」
ネジは口元を笑みにして、うなずく。
「了解」
サイカが車に乗り込む。
ネジも車に乗り込み、エンジンをかける。
最近取り付けたラジオをいじる。
音楽が流れる。
ネジはアクセルを踏む。
車が走り出す。
荒野の中をがたごとと。
「ネジ」
彼女が後部座席で呼びかける。
「はい」
「名前呼んでよ」
「むぅ」
「なーまーえー、いいからー」
人形のような彼女は、駄々っ子のようにふざけてみる。
「アイ」
ネジは呼ぶ、その世界の名前を。
彼女につけたその名前を。
「よくできました」
アイは微笑む。
サイカは苦笑いする。
ネジはため息をつく。
奇妙な連中が旅をしている。
地平線の果てまで。
いつまでも、いつまでも。
おしまい