あなたの涙がぬぐえない 3


モモコが、泣かない日が少しあるようになり、
ぽつぽつ、グリとモモコは普通の会話をする。
モモコは生前を思い出しては、
無駄なことをしたと泣き出すこともあった。
グリは特別な言葉をかけるわけでなく、
ビールを飲んで会話する。
春深まる頃の話である。

それからしばらくして。
グリはひどい風邪を引いた。
熱が下がらず咳はひどく、
幽霊のモモコは、どうしたらいいだろうかとおろおろした。
熱冷まさなくちゃ、病院に連れて行かなくちゃ、
グリは歩けないし、私はグリを運べない、触れないし。
グリが、この風邪で、死んだら?
モモコの脳裏によぎったそれを、
モモコは頭をふって否定した。
「グリは、生きなくちゃ、ダメ」
モモコはそれだけを思う。
「私のように、半端に死んじゃ、ダメ」

「モモコさん?」
ぼんやりとグリが目を開ける。
「あれ、どこか行ったような気がした。いるよね?」
グリはふわふわと言う。
まだ夢を見ているのかもしれない。
人に触れられない幽霊は、
それでもグリの額に手を置く。
「風邪治ったら、また、いろんなことを話そう」
グリは咳き込む。
「だから、どこにも、行かないで欲しいなぁ」
グリのその言葉に、モモコは涙で答えた。
「あー、モモコさんまた泣いてる」
グリは手を伸ばすけれど、
彼女の涙がぬぐえない。

「グリさん。私、ちょっと出かけてきます」
モモコはがんばって普通に言ったつもりだった。
モモコは今から、幽霊の自分を消滅させる勢いで、
グリの危機を知らせに行くつもりだ。
グリは生きなくちゃいけない。
「半端な男なんて言って、ごめんなさい」
モモコは、部屋から掻き消えた。

それから。
何かの予感を聞きつけた近所の住人の連絡で、
ひどい病状のグリが見つけられ、
グリは一命を取り留めた。
彼らは言う。女の声がした、泣きそうな声で必死な声だったと、
その言葉を聞いたグリは、泣いた。
何かを予感して、泣いた。

どこかにいってしまったら、
あなたの涙がぬぐえない。
もう二度と会えない幽霊のモモコを思い、
短い季節を思う。

4月1日。
あなたがいないことを、誰か嘘だと言ってくれ。


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