不完全芳香:モカ
あれからあたしは、
アイスクリームにありそうな匂いに焦点を絞っている。
なんでかはわからないけれど、
ストロベリーのアイスの思い出からきた、
自分の過去のつらい刃物のような記憶で、
今の自分が満身創痍になっても、
それでも、あたしは見つけないといけないんだ。
どんな匂いを、あたしがほしがっているか。
アイスクリームと、石鹸と、芳香剤と、お菓子と、
とにかくいろいろの芳香媒体。
何でも試す。
鼻がおかしくなるまで。
壊れちゃったほうがいいのかな。
そうしたら、普通に笑って暮らせるのかな。
匂いなんて気にしないで。
思い出は優しいだけじゃない。
なれなかった自分の諦めという幽霊もいる。
それが呪っているような気もするし、
何かを言いかけているような気もする。
あたしは何になりたかったんだろう。
先日、マサズミがバニラアイスを買ってきた。
今日はそれをコーヒーに溶かそう。
バニラアイスを差し出すマサズミの表情は複雑だった。
何か言いたいのか、言ってはいけないのか、
バニラの似合う女でいてほしくないのはわかったし、
あたしもバニラは清らかで官能的過ぎて、
一つで大体完成しているのは、なんとなく違うの。
「バニラアイスを食べましょうね」
過去からの誰かのセリフ。
いやなの。
ストロベリーもバニラも。
そんなものを食べるような女の子になりたくないの。
あたしは過去に復讐をするような思いで、
どろどろのコーヒーにバニラアイスを溶かす。
琥珀の香りが白く濁る感じ。
アイス屋にはモカアイスもあったけど、
甘くて苦くて、子供にはちょっとだけしんどかった。
今作ったコーヒーも、
甘くて苦くて、自分にとってもしんどい飲み物になった。
どこかの歌を思い出す。素敵な飲み物コーヒーモカマタリ。
どこがだ!
何をやっても匂いが捕まえられなくて、
あたしはやけを起こしかけていた。
ハードボイルドになりたいわけじゃないの。
苦いのを我慢して飲むような、
たばこの匂いをまとうような、
そういうなんでも屋にはなりたくないし、
なにより、
ハードボイルドの匂いでは、完成しないの。
あたしはしんどい飲み物を飲んで、
とにかく街に出ることにした。
あたしは何になりたいんだろう。