不完全芳香:チョコレート


今日も今日とて警察の人はお仕事です。
女の子がいろいろな包装されたものを持っているのを見て、
ああ、そういう季節なんだと思った。
バレンタインが近いんだね。

渡される男の子は、
優しいんだろうか。
背が高いんだろうか。
かっこいいんだろうか。
そういうのがなくても、大好きな人なんだろうか。
女の子の勇気はすごい。
チョコレートにすべてを賭けられるんだから、すごい。

僕は、女の子たちの決意と義理のチョコレートの山を見ながら、
考えていることがあった。
レイカさんにチョコレートの匂いはどうだろうか。
とてもいい思い付きの気がする。
この、女の子の山をかいくぐっていくという難題さえなければ。
僕はちょっと売場から離れて、
ベンチに腰かけて思いを巡らせた。

ココナツほど油っぽくなく、バニラほど気高く甘くなく、
チョコレートは、完成された甘さのような気がする。
少し苦くて、コーヒーほど苦しいものではなくて、
花の香りにはない、満足感がある。
レイカさんは、この匂いがほしいんだろうか。
欲しければあげたい。
でも、そうだ、なんでだか、でも、と、ついてしまう。

僕はチョコレートをあげるにふさわしいだろうか。
ため息を一つついて、
警官として有能だけど意気地のない自分を自覚する。
レイカさんに逃げられたくないし、
居心地のいい人であればそれでいいんだ。

とにかく警察の人はお仕事です。
いつものようにちゃんと。

町を歩くと、
レイカのいつも行っている石鹸屋を見つけた。
実は入ったことはまだない。
買ってくるものを見る限り、
不格好な石鹸ばかり売っている、珍妙な店だ。

ドアを開けると、
一瞬たくさんの匂いが振り向いた気がした。
なんだこの感覚?
ここの匂いは生きている、ような気がした。
気のせいだとは思う。

「おやまぁ、珍しい人ね」
老婆がレジの奥に鎮座している。
「あの子だったら、チョコレートの石鹸を買っていったわよ」
名詞を出さなくてもわかる。
あの子は彼女でレイカさんだ。
「仕事が終わったら、抱きしめておあげなさい」
「えっと、あの」
「大丈夫、匂いが完成するわよ。婆のいうことは間違いないよ」

気が付いたら店からふらふらと出ていた。
ああ、そうだ、勤務時間だ。
わかっているけれど、
胸が焦げ付くほど、身体の内側がざわつくほど、彼女に会いたくなった。


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