緑の風


僕らは走って、さすがにくたびれて、
森の中で一休みをすることにした。
急いでいたサカナも、さすがにへとへとらしい。
大きな木の根元で、僕らは座って息を整える。

「クロネコ」
「なに?」
「何で急いで愛を探しているか、聞かないの?」
「人にはいろいろ事情があるよ」
「聞かないの?」
「うーん…」
僕は考える。
サカナは聞いて欲しいようだ。
それでも、なんとなく、そういうのを聞いちゃいけないと僕は思う。
「愛があろうとなかろうと、サカナは十分なんだけどなぁ」
「あたしが、十分?」
「うん、いろんなところで十分」

森の中を吹き抜ける、緑の風。
生きている風。
サカナの汗ばんだ前髪。おでこに張り付いている。
僕はサカナをまじまじと見つめ、
当のサカナはきょとんとしている。

「それじゃさ、サカナは独り言として、急いで愛を探すわけを話してよ」
「独り言?」
「僕は聞かないふりをするよ」

僕はとりあえずそっぽ向く。
ざざざ。草を枝を葉を揺らし、
緑の風が吹く。

「あたしはね、不安なの」
サカナがポツリと話し出す。
「あたしの町は愛であふれていて、みんな愛を伝える方法を知っているの」
僕はうなずくも相槌もなく、とりあえず聞かないふりをする。
「あたしは、普通の女の子になるため、急いで愛を探さなくちゃいけないの」
僕は、森にいるから、町のことはわからないけれど、
急いで探さなくちゃいけないのは、
町にいる人たちの、普通、なのかも知れないと思った。
それでも、サカナは僕にとっては十分だと思うし、
…そこまで考えて、
何で僕にとってだろうかと思い至る。

「クロネコ。普通の愛ってなんだろうね」
「あ、もう聞かないふりしなくていい?」
「うん、普通の愛。とびきりでなくてもいいの。愛って何かしら」
「僕もわからないよ。でも」
「でも?」
僕は、さっき言ったことを繰り返す。
「サカナは今のままでも十分だと思うよ」

サカナは首をかしげ、
「あたしが納得しないとダメ」
と、僕の答えにダメ出しをした。

僕らは、また、手をつないで走り出す。


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