トビウオの空


俺が道化で泣かないものだから、
シロネコさんが代わりに泣くと言う。
数日、俺はシロネコさんが一人で泣いている夢を見る。
罪悪感で目が覚める。
俺、どうすればいいんだろう。

シロネコさんの前では、
いつもの道化でいたい。
けれど、思い出にも深く踏み込みたい。
俺はそういうところ臆病だと、最近気がつく。

学校の帰り、ストリートで、曲芸。
みんなに混じって、シロネコさんが、いたらいいな。
そんな距離で十分かなぁ。
もっと近くは、無理かなぁ。
今日はいないけど、元気かなと思うだけでいいかな。
俺が何かをあきらめかけたときだった。

「火事だ!」
「誰か!」
「逃げ遅れた人がいるぞ!」

俺は、曲芸を失敗させて、
火事と言う場所までかけていく。
煙が上がっている方向に。
とにかく、なぜか、助けなくちゃと思った。
予感が、ガンガンなっていた。
ちょっとしたビルの3階のベランダ、
小さな子供が泣いている。
その隣に、シロネコさん。
炎が近い、煙がひどい。

町の人が梯子をかけて、3階に届かせようとする。
ぎりぎり、届かない。
火は迫る。
「梯子、借ります!」
俺は、走る。自分のトップスピードに乗せて、
梯子を足だけで駆け上がる。
一番上から、跳躍。
ぎりぎり。
ベランダへと、俺はたどり着く。
熱い風の中、子供が泣いている。
シロネコさんが、俺を見ている。
俺は、子供を抱えて、
「大丈夫だ。心配するな」
声をかける。

「シロネコさん」
「トビウオ?」
「笑ってください、そしたら俺、飛べます」
「はい」
シロネコさんは、笑った。
炎も恐怖もものともしない、
信頼の笑顔をくれた。

ベランダから、煙まじりの空が見える。
救助を待つ必要は、ない。
シロネコさんは、笑ってくれた。
「シロネコさんは、俺の背中に」
「はい」
子供は、俺がしっかり抱えて、、
「飛ぶ。しっかりつかまってろよ」
子供に一声。
そして、俺は、助走もなく空に身を躍らせる。

錯覚かもしれない。
けれど、この瞬間突風が吹いて、
俺は、地上の人々からふわりと浮いたところにいた。
危険とかそういうのじゃなくて、
俺、このきれいな空を飛べたんだと、それが素直に嬉しかった。


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