鳴かない小鳥と、ただの気の迷い 3
しばらく穏やかな日が続いた。
いつからだろうか。
ルナは少し苦しそうな表情をするようになった。
ヨーマとしては、ルナのこの表情は不本意だ。
ヨーマの引き出した表情でないからだ。
医者に見せようかとも考えたが、
こんな小鳥の医者などいるものかと思った。
だからヨーマは、苦しそうなルナに気がついてから、
少しだけ近くにいる時間を増やし、
ぽつぽつと一方的にではあるが話をし、
からかい混じりに頭をなでて、
または、どうでもいいことを主人として命じたりした。
ルナは、ヨーマに従った。
ただ、左胸を時折、おさえるしぐさをした。
ある夜。来訪者があった。
わすれもしないあのときの来訪者。
彼は言う。
歌で殺せる鳥の末裔の小鳥です。
歌や言葉が、その内にたまっていたら、
どうなるか考えたことがおありですかな?
小鳥の感情が空っぽでしたら、小鳥は長生きできたでしょう。
ですが、何かに満たされてしまったら。
言葉にしたいものを持ってしまったら。
それは、小鳥にとって、苦痛以外何物でもないでしょうな。
部屋に戻ってきたヨーマは、
決断を迫られることになった。
ルナに感情を植えつけたのは、ヨーマ自身だ。
ルナを苦しませているのも、ヨーマだ。
幾つかの選択肢。
ルナに言葉をしゃべらせるか。
苦しむルナをこのまま手元においておくか。
あるいは…ルナに自由を与えるか。
ヨーマは最後だけは強烈に否定した。
この小鳥を、逃がしてたまるものか。
「ルナ」
ヨーマはルナに語りかける。
「主人として命じる。ルナ、言葉を話せ」
ルナに拒否権はない。
神様にも並ぶくらいの主人を、今まさに言葉が殺すのならば。
ルナは目を伏せた。
少しだけ間があり、ルナはヨーマの目を見て、
夢見るように笑った。
『よーま だいすき』
それが小鳥の最後の言葉になった。
それから。
小鳥のいなくなったぽんこつ城に、
言葉などで死なないヨーマと言う貴族の少年と、
喉の完全につぶれた、翼などない、ルナと言う少女がいたと言う。
小鳥を買ったのはただの気の迷い、
では、この少女がいるのは?
問えばヨーマは答えるかもしれない。
「気の迷いが生んだ奇跡ってあるものだよ」
愛や奇跡を信じない少年は、
いつものように不敵に笑う。