たったひとつの


僕は青い空を自由落下し続けている。
いくつもの風景が僕の視神経から感覚をのっとって、過ぎ去っていった。
僕は様々の感覚を得た。
なおも僕は落ち続けている。
たったひとつの引力に向かって。

夢だろうかと思う。
でも、僕にとってはこの落下こそが僕の感覚であり、
夢でも現実でもかまわない。
沈むような落下。
果てはあるのか。
ある。きっと。
それはきっと、僕の待ち望んだものであり、
僕が目指すものに相違ない。
そこまで沈んだら、僕は何が得られるだろうか。
あるいは、何か変われるだろうか。
僕は静かな気持ちになる。
きらきらと、風景の欠片が通り過ぎていく。
ごうごうと耳元で空気がうなる。
僕は風景たちに、さよならを言うと、
たったひとつの引力のほうに向き直る。

僕には何もない。
僕の感覚は、空だけを感じている。
空気は目を乾かして、
僕の目を閉ざそうとする。
僕はそれがひどく悲しくなる。
涙があふれる。
目がとけるかのように。
涙は僕の思いの欠片になる。
僕が溶け出していく。
何もない僕から、本当に搾り出された僕の欠片。
涙でぼやけた視界の向こうに、
僕は見る。
僕を待っているたったひとつの引力。

自由落下。
それは、いろいろな欠片で傷を作っていく行為。
そして、たったひとつの引力にまっすぐ沈んでいく行為。
傷は痛むけれど、
きっと引力の果てには傷もこえるものがあると、
涙の果てに、待っているものがあると。
自由の果てに、つかむ希望があると。

希望、未来、あなた。

僕が空に溶け出していく。
あなたの名を呼ぶ。
届くだろうか。
あなたの呼び方をひとつしか知らないけれど、
あなたに届くだろうか。
僕はあなたの名を呼ぶ。

「ジユウ」

たったひとつのその名を、僕は呼ぶ。
僕を動かすあなた。
あなたの名を、僕は呼び、
あなたを思い、涙し、
あなたを感じ、空を沈む。

あなたがいてくれれば、もう、痛くない。
あなたがいるから僕はいる。
あなたに引き寄せられて、僕は、生きている。

あなたを感覚いっぱいに感じて、
自由をここに感じて、
自由落下。
いつまでも。いつまでも。


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