硝子の民とハルツゲの王子 1


それは北の国のお話。
冬の寒さに山は眠り、川は凍てつき、空は灰色だった。

この北の国は王国だ。
王様がいて、王子がいて、臣下がいて、兵士がいて。
まぁ、細かくは書かないけれど、とりあえず王国だ。
そして、北の国には、
王国とはまた別に、いくつかの『民(たみ)』とよばれる、
部族らしいものがいた。
民は、民に伝わる技術を持っていて、
それを守るためなのか、悪用されないためなのか、
人里離れたところにばらばらにいて、
なかなか民の術を学ぶことは難しかった。
それでも民たちは、請われれば技術を惜しむことはなかった。

王国と民は、つかず離れずの距離で、
冬の長いこの国にあった。

ある山の中。
硝子の民の集落に、
王国から使いが来たのは、
春がなかなか訪れないとある年のことだった。

「まったく、ひどい年です」
使いは雪を払って、火の前でようやくくつろいだ。
「王国にも春が来ないのですか?」
硝子の民の女性が、火の勢いを、足す。
「そうです。王国にも、春が、来ません」
火はぱちぱちとはぜる。
硝子の民の女性は考える。
「ハルツゲは、どなたが?」
「いつもは国王なのですが…このお年で、ハルツゲが難しいかと」
「そうですか、では、王子のどなたかが?」
「冬が厳しく、6人の王子のうち、5人までが山に追い返されました」
「残る1人は…アナグラ?」
「はい、アナグラの王子。彼にハルツゲができるでしょうか」
私には到底無理だと思う、というのを、使いは言葉に出さずに表現した。

硝子の民の女性、ルルは、
「ハルツゲが行われなければいけません」
と言い、澄んだ瞳で、使いを見据える。
「私がトモになりましょう」
「トモに?アナグラの、ですか?」
「はい。この硝子の民、ルルが、新たなハルツゲを見届けましょう」
使いは目を見開く。
今まで、誰もアナグラのトモになるなんて言わなかったのだ。
ルルはそれを知っているのか知らないのか。

ルルは笑う。
雪の花のように笑う。


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